MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.168(2023年03月発行号)
  5. 第11回国連ビジネスと人権フォーラムに参加して

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.168(2023年03月発行号)

特集:「ビジネスと人権」2022年の動向

第11回国連ビジネスと人権フォーラムに参加して

土井 陽子(どい ようこ)
Social Connection for Human Rights(SCHR)

 国連人権理事会のビジネスと人権ワーキンググループが主催する国連「ビジネスと人権フォーラム」(以下、フォーラム)が11月28日から30日に開催された。2022年で11回目となった本フォーラムは、国連ビジネスと人権に関する指導原則(以下、指導原則)に沿った人権への負の影響の予防・軽減、救済の実践を広めることを目指し、政府・国際機関・企業・労働組合・市民社会・弁護士・学術界などのマルチステークホルダーが参加して、国際的または地域的枠組み、国や産業界、個々の企業、市民社会や市民一人ひとりのそれぞれのレベルでの取り組みを議論するプラットフォームとなっている。

 2022年のフォーラムは、「ライツホルダーを中心に~次の10年における人と地球を大切にするビジネスの促進のための責任の強化」をテーマに開催された。対面とオンラインのハイブリット形式での開催となり、開会・閉会を含む3つの全体セッション、24の個別セッションが開かれ、オンライン開催となった2020~2021年と同規模となった。

 個別セッションでは、企業のパネリスト参加が少なく、企業による人権尊重の取り組みの進捗や課題についての報告をほとんど聞くことができず、2021年のフォーラムと同様に、企業の存在感があまり感じられなかったのが残念である。

ライツホルダーを中心に

 本フォーラムのテーマが示すとおり、ほとんどのセッションにおいて、ライツホルダー(権利保持者)、特に、人権・環境活動家や先住民族、労働組合や労働者の代表が登壇し、企業による地域コミュニティやグループへの人権侵害や、抗議活動に対する企業のハラスメント等を訴え、政府・企業の責任と救済へのアクセスを求める声が上がった。

 脆弱な立場に置かれた人々の声を聞くことは指導原則の実践に不可欠であり、ライツホルダーの声が政府・企業が責任を果たすためのすべてのシステムに含まれるべきであること、また、そのためのマルチステークホルダー間の対話が重要であることがフォーラム全体で確認された。

 特に、気候変動や新型コロナウイルス感染症の蔓延等、複雑化するグローバル課題により、性的マイノリティ、女性、先住民族、民族的・言語的・宗教的マイノリティ、若者、高齢者、障害者、アフリカにルーツを持つ人々、移住労働者などが直面している差別・格差が広がっており、こうした人々への救済のアクセスの確保が急務であることが指摘されていた。

 人権侵害や環境破壊について公に声を上げた活動家への弾圧についてみると、フォーラムで紹介されたビジネスと人権リソースセンターの2021年の調査結果によれば、地域別ではアジア・太平洋地域およびラテンアメリカが活動家に対する嫌がらせ・脅迫・暴力・殺害が多い地域となっている。不当な拘束や不公正な裁判、スラップ訴訟(SLAPP:strategic lawsuit against public participation)と呼ばれる報復的な刑事・民事訴訟等を含む法的手段による弾圧が最も多く、対象となるのは、土地の権利や環境破壊に声を上げる活動家、続いて先住民族の順となっており、すでに周縁化された人々が弾圧されていることがわかっている。


p6-7_img01.jpg2022年のフォーラムの様子(写真提供:白石理)

先住民族・地域住民の権利と大規模開発

 フォーラムでは、企業活動によって影響を受ける先住民族や地域コミュニティの代表が多くのセッションに参加し、鉱山や農園等の開発プロジェクトによる土地の収奪や伝統的な生活の破壊、環境汚染による農業・漁業等の生業への影響や健康被害について、政府・企業に対応を求めていた。

 企業への抗議活動を展開し補償を求めて司法に訴えても法廷は動かず、不当な理由で逆に企業側からスラップ訴訟を受けることさえあり、懸念や苦情を申し立てるためのグリーバンス・メカニズムは機能せず救済へのアクセスが確保されていないというのが共通の訴えとなった。企業が送ってきた仲介者に賄賂を渡されそうになったという話も共有された。

 先住民族は法的な保護対象と認識されていないことも多く、先住民族の権利に含まれる、プロジェクト初期段階においての先住民族の「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」の確保とプロジェクトに関する協議への先住民族の参加が実現していないことが指摘されていた。

 先住民族・地域住民がライツホルダーであること、また保持している権利を理解し、指導原則に沿った対応をすることが政府・企業に求められていたが、セッションの中で、権利保護を訴える先住民族の代表に対して、当該政府が対応を取っていることをアピールする姿も見られた。それは、開発権を企業に与える政府の説明責任が不十分であり、国際人権基準を政策に反映する必要があるということが示される場面となっていた。

気候変動と人権

 異常気象や海面上昇、生物多様性の損失等、気候変動に端を発すると考えられる自然環境の変化による人権への影響が拡大している。こうした中で、2021年10月、人権理事会は安全で清潔で健康的かつ持続可能な環境への権利を人権と認める決議を採択した。人権理事会のこの決議を受け、 2022年7月、第76回国連総会でも同様の決議が採択された。

 フォーラムでは、気候変動は世界中のすべての人々に影響を与え、異常気象や海面上昇等の被害に見舞われる地域では貧困層や先住民族、女性、子ども、障害者、高齢者等、すでに脆弱な立場に置かれている人々をさらに厳しい状況に追いやり、土地が低平な島嶼国では海面上昇によって移住を余儀なくされる人々が生まれている状況から、ライツホルダーの視点に立った気候危機への対応の必要性が確認された。

 また、気候変動は将来世代にまで影響を与えることから、「気候正義」を求める若者の声を気候変動への対応に含めていくことが重要であるという指摘がなされた。

 鉱山や大規模農園、経済特別区等の開発により影響を受ける地域コミュニティで抗議の声を上げる環境活動家への攻撃は激化しており、地域住民が十分な補償を受けられていない中で、新たなリスクとして上げられていたのが、カーボン・クレジット制度である。コロンビアやブラジル、コンゴ民主共和国において、森林保護を進めながらCO2削減量を取引するカーボン・クレジット制度に先住民族の土地や地域住民の生活を支える森林が事前協議もなく組み込まれているにもかかわらず、先住民族や地域住民が制度の運用から外されるということが起きていることが報告された。

 脱炭素に向けた環境ビジネスが拡大する中で、環境配慮によって人権侵害が助長されないよう、ライツホルダーの視点に立った公正な移行を実現していく必要があることが確認された。

人権デューディリジェンスの義務化とビジネスと人権に関する条約制定の動き

 指導原則が策定されてから10年の歩みの中で進捗が見られたことの一つが、欧州や米国における企業に人権デューディリジェンスの実施や情報開示を義務づける法制化の動きである。国・地域での法制化が進む一方で、企業の事業活動に起因する人権侵害に対して国際的に法的拘束力を持たせる条約を制定する動きが進んでいる。多国籍企業の事業活動により影響を受けているエクアドルと南アフリカが中心となり、条約案起草のための政府間ワーキンググループによって2014年より議論が行われ、現在は2021年に発表された第3次改定草案の議論が進められている。

 政府間ワーキンググループの第8回会合の成果が共有されたセッションでは、この草案が国家に対して自国の管轄域内の企業による国境を越えた活動を含めたすべての事業活動を効果的に規制することを求めていることが説明された。それによって、自国の企業による管轄域外の人権侵害を国内司法で扱う難しさを補い、実際に域外で人権侵害を受けているライツホルダーの救済へのアクセスが可能となるということだった。また、条約によって企業の公平な競争の場(level playing field)をグローバルに構築することにつながるという指摘がなされた。


*:責任あるビジネスの実現に向けた企業とライツホルダーとの対話促進を目的に、2020年7月に創設したビジネスと人権の実践のためのプラットフォーム。情報発信や企業の取り組みのサポートを行っている。https://socialconnection4h.wixsite.com/bridge