MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.168(2023年03月発行号)
  5. 労働分野での責任ある企業行動のために~「ビジネスと人権」の視点からの政策提言

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.168(2023年03月発行号)

特集:「ビジネスと人権」2022年の動向

労働分野での責任ある企業行動のために~「ビジネスと人権」の視点からの政策提言

菅原 絵美(すがわら えみ)
大阪経済法科大学教授

はじめに

 筆者は、2022年12月1日、ILO駐日事務所の田中竜介氏と共同執筆した報告書「労働に関する企業の社会的責任(労働CSR/RBC(1の実現に向けた政策提言:ビジネスと人権の視点からみた日本のあるべき国家政策とは」をILO駐日事務所から発表した。本報告書は、ILO・OECD・EUによる「アジアにおける責任あるサプライチェーン」プロジェクトの一部であり、先立って電子産業および自動車部品産業に関する報告書が公表された(2。本稿では報告書で取り上げた内容を紹介しながら、日本の労働CSR/RBCを含む「ビジネスと人権」政策の方向性を考えてみたい。


p4-5_img01.jpg

労働CSR/RBCとは

 サプライチェーン(3を含む事業活動がグローバル化し、それに伴い経済・社会への影響力が増大していくなかで、企業は労働に関する社会的責任として、人権・労働の権利に対する負の影響をいかに軽減していくか、そしてディーセント・ワークの実現など持続可能な社会の達成にいかに積極的に貢献していくかが期待されるようになってきた。これが報告書でとらえる労働CSR/RBCである。例えば、現在、世界の労働者の160人にひとりが(強制労働や人身取引などを含む)現代奴隷の状況にあるという(4。グローバルイシューである現代奴隷は、企業のサプライチェーンを通じた人権尊重なくして解決することはできない。このような共通認識のもと、OECD多国籍企業行動指針、ILO多国籍企業および社会政策に関する原則の三者宣言、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)、そして持続可能な開発目標(SDGs)を通じて、労働CSR/RBCの国際規範が歴史的に形成されてきた。

 国際規範の形成とともに、国際機関はもちろん、政府や地域機構、企業、労働組合、投資家、市民社会など多様なアクターが労働CSR/RBCの実現に取り組んできた。例えば、2025年の大阪・関西万博では、博覧会協会が調達する物品・サービスやライセンス商品のすべてを対象に「持続可能性に配慮した調達コード」を策定し、その製造・流通等における国際的な人権・労働基準の遵守・尊重を求めている。このように労働CSR/RBCがローカルなレベルを含め多層的に取り組まれている背景には、もちろん複数の政策的な意図がある。労働CSR/RBCが、現場での労働問題の解決や労働者の人権保障に必要であること、現代奴隷をはじめグローバルな課題解決に向けた取り組みに不可欠であることはもちろんだが、それだけではない。多様なアクターが相互に関わり合いながら成り立っているグローバル社会において、労働CSR/RBCの取組みは、企業価値・ブランドを高めるなど、各アクターのアイデンティティやレピュテーション(評判)を確立し、ステークホルダーから信頼を得、社会にプレゼンスを示す上でも重要である。また、労働CSR/RBCはそれを進めた結果として企業の国際競争力、さらには国・地域の経済競争力を高めるとして、グローバルな経済政策となってきた点も見逃せない。

「人権デューディリジェンスの義務化」の動向と課題

 では、サプライチェーンを含む企業の事業活動のなかで労働に関する人権の尊重を実現するために日本はどのような政策をとるべきか。報告書で検討した具体的施策のなかから、「人権デューディリジェンス(以下、DD)の義務化」を取りあげたい。

 「人権DDの義務化」とは指導原則において企業に求められる人権尊重責任の内容を国内法に規定するもので、例えば取引先に対する人権DDの実施そのものやその情報開示を義務化することにより、サプライチェーンを通じてその法的効果が国外に及ぶことから注目を集めている。2015年英国現代奴隷法、17年仏企業注意義務(DD)法、21年独サプライチェーンDD法が制定され、2022年にはEUレベルでの指令案(コーポ―レートサステナビリティDD指令案)が発表された。また人権DDが不十分であれば輸出入規制につながっていくものとして、21年米国ウイグル強制労働防止法の制定や22年EU強制労働製品上市・輸出禁止規制案の検討などがある。

 これら立法は指導原則をひとつの基礎としているものの、企業の義務内容や履行確保手段など、規定内容は実に多様である。そもそも指導原則は企業に法的責任を課すことを前提としていない国際文書であり、その社会的責任としての企業の人権尊重責任を国内法で厳密に規定しようとすれば、責任の性質の相違に加え、それぞれのステークホルダーが有する利害なども影響して、内容に齟齬が生じうる。例えば、欧州委員会の指令案では、人権DDの求められる範囲が「確立したビジネス関係」という取引上重要で継続性が期待される取引先に限定されている。一方、指導原則ではビジネスの人権に及ぼす影響が重視されており、ビジネスの継続性は考慮されない。なお、この概念はEU理事会の議論では否定(削除)された。また強制労働として中国ウイグル問題や日本での技能実習生に対する人権侵害など個々の問題にその深刻さゆえに注目が集まりがちだが、これらは氷山の一角に過ぎない。強制労働がグローバル社会に根深く残った構造的課題であることに注意が必要である。

日本の労働CSR/RBC政策の方向性とは

 日本政府は、2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定した。これは啓発等を通じて企業に「自発的」な取組みを促すガイドラインであり、さらに、インセンティブとしてガイドラインの実施を公共調達での評価に反映していく仕組みづくりに動きだしたとされる。

 一方、「人権DDの義務化」は日本でも意見が分かれるところである。サプライチェーンにおける十分な是正・救済なしにDDを義務化することは、社会的に弱い立場におかれた被害者を取り残したままにしかねないからである。例えば、中小企業からは、サプライチェーンにおいて中小企業は不利な状況にあり、この状況を是正し、公正な競争環境・取引関係を実現する各種施策が必要であるという声があがる。加えて、中小企業のリソースには限りがあるとして、中小企業にガイダンス策定などのサポートを求めている。また、労働組合の側も、グローバル・サプライチェーンにおける建設的労使関係の構築などを盛り込んだ推進策とガイダンス・啓発を行うよう主張している。国によるサポートとともに、サプライチェーン上の中小企業で働く労働者がそのしわ寄せを被ることがないようにしなければならない。

 日本の労働CSR/RBCを含む「ビジネスと人権」政策はこれからの状態である。今後より一層求められるのは政策の一貫性である。スマートミックスとして自主規制と法的規制、国内政策と対外政策、事前防止と事後救済を相互補完的に組み合わせていくなかで、国内レベルでの政策の一貫性が求められるのはもちろん、持続可能な社会の実現というグローバルな視野にたった政策の一貫性が期待される。各国が動くなかで、持続可能な社会の実現を見据えたとき、日本として目指すべき「ビジネスと人権」のビジョン・戦略は何か、それを実現していくために必要な施策は何か、マルチステークホルダーによる議論が喫緊の課題である。本報告書がその議論の一助となれば幸いである。


1:CSRは「企業の社会的責任」(Corporate Social Responsibility)、RBCは「責任ある企業行動」(Responsible Business Conduct)のこと。

2:ILO駐日事務所「アジアにおける責任あるサプライチェーン(日本)」(https://www.ilo.org/tokyo/ilo-japan/WCMS_689335/lang--ja/index.htm)を参照。

3:ここでは原材料や資源等の調達のみならず、販売、流通、消費、廃棄、投資などを含めた事業活動全体を指す用語として「サプライチェーン」を使用する。

4:ILO, Walk Free and IOM, "Global Estimates of Modern Slavery: Forced Labour and Forced Marriage"(2022).
(https://www.ilo.org/global/topics/forced-labour/publications/WCMS_854733/lang--en/index.htm