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国際人権ひろば No.168(2023年03月発行号)

人権の潮流

国際人権と優生思想

河口 尚子(かわぐち なおこ)
立命館大学客員研究員/DPI女性障害者ネットワーク

優生思想のこと

 1948年の世界人権宣言を起草したエレノア・ルーズベルトの夫は米国大統領のフランクリン・ルーズベルトであるが、実は39歳でかかった感染症の後遺症により下肢が不自由な「障害者」であった。彼は車いす姿を写真にとられることを嫌い、世間に知られることはほとんどなかった。

 障害者の権利に対する認識が遅れた背景には優生思想がある。19世紀後半、英国のフランシス・ゴルトンは「人間集団の質的向上を目的に、優良な遺伝形質の保存・改良を研究する学問」として「優生学(Eugenics)」を提唱した。生まれつき「優秀な人」と「劣った人」がおり、「優秀な人」の子孫を残すことを奨励し、「劣った人」の子孫を残すことを防ぐことで、人間の集団の改良を図るもので、20世紀前半には世界中に広がった。その判断自体に、当時の人種や障害に対する偏見・差別が反映されていた。

優生保護法

 日本にも優生思想は導入され、1940年の「国民優生法」で遺伝性疾患の断種を制定した。だが戦時下の「産めよ増やせよ」政策で執行は停止され、強制不妊手術が実施されたのは、むしろ戦後の優生保護法(1948年)の後であった。

 「優生保護法」は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」として、優生手術(優生上の理由にもとづく不妊手術)と人工妊娠中絶を規定した。

 優生手術は、第3条(本人の同意要)では、遺伝性疾患・障害の他、ハンセン病が対象とされた。第4条(審査会による。本人・保護者の同意不要)では「遺伝性精神病」「遺伝性精神薄弱」(現在、「精神薄弱」は「知的障害」と表記)「顕著な遺伝性精神病質」「顕著な遺伝性身体疾患」「強度な遺伝性奇形」が対象とされた。1952年には第12条(審査会と保護者の同意、本人の同意不要)が新設され、非遺伝性の精神病や知的障害も対象となった。中絶は、堕胎罪の例外規定として医師の判断により実施されたが、1949年に「経済的理由」が導入され、実質的な中絶の合法化がはかられた。

 1996年の優生保護法廃止まで優生手術は国に報告された件数だけでも、第4条と第12条の約1万6500件。第3条の約8500件を合わせて約2万5000件。優生事由による中絶は、遺伝性疾患約5万1276件。ハンセン病7696件を合わせて約5万9000件。総計約8万4000件にのぼった。

 さらには法の外の優生手術も行われた。肢体不自由者は対象でなかったが生理介助の手間をへらす名目で子宮摘出や卵巣への放射線照射が行われた。学校に通っていなかったり非行傾向のあった子どもも対象となった。

 被害が広がった背景として、政府がお墨付きを与えていたことがある。「基本的人権の制限を伴うが、「不良の子孫の出生防止」という公益上の目的のためには、憲法の精神に背かない。真にやむをえない限度において、身体を拘束したり麻酔薬を用いたり、だましたり(欺罔)してもよい」という旨の通知が出された(1953年厚生省事務次官通知、1949年10月11日法務府法制意見第一局長回答)。加えて教科書には「遺伝性疾患の人との結婚は忌避すべき」と書かれ、そのような指導がなされた。

 1972年中絶の要件から「経済的理由」を削除し、胎児に障害がある場合に中絶できる「胎児条項」を新設する法案が提出された。女性運動はこれを実質的に中絶を禁止するものとして反対し、障害者運動は「胎児条項」について強く反対し、廃案となった。これ以降、女性運動は障害者運動と対峙する中で、「産む産まないは女性の権利だが、子どもの質を選ぶことは女性の自己決定権ではない」という考え方を提示した。

 1994年カイロでの国連の国際人口・開発会議と1995年北京での世界女性会議で、性に関することや産む・産まないについて女性は自分で決める権利がある、セクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR=性と生殖に関する健康と権利、以下SRHRと略)が人権として提示された。カイロでは障害女性の安積遊歩さんが、日本の優生保護法の実態を世界にアピールし、国際的な批判が巻き起こった。1996年、優生保護法が、母体保護法に改正され優生条項が削除された。だが削除しただけで、過去の検証も実態調査も行われず、啓発活動も行われなかった。2018年に被害者が裁判に提訴してようやく一般社会の知るところとなった。

「強制的および非自主的な不妊手術の廃絶-国連7機関合同報告書」(2014年)

 この報告書によると、強制的および非自主的な不妊手術は歴史的に強制力のある人口政策の下、より女性に、特にHIV陽性者、先住民族、少数民族、障害者、トランスジェンダー、インターセックスの人々に強制されてきた。障害者への同意にもとづかない不妊手術は、差別であり、暴力、拷問(torture)の一形態であり、残酷で非人間的で相手を貶める処遇だとしている。障害者はしばしば"性のない存在"とみなされているが、他の人々と同様に性的な存在であり、親になりたいという望みと性と生殖の権利は奪われてはならないとして、加盟国に強制不妊・強制的中絶を禁止するための法や行政的に適切な手段を取るように、また障害者が結婚し家族を形成することが可能になるような適切な手段を取るよう要請している。(2022年9月の日本の第1回政府報告に関する障害者権利委員会の総括所見でも同様の勧告が出ている)

 同意に基づかない不妊手術をなくすためには、人権に基づいた(rights-based)アプローチへ移行し、性と生殖の健康のための包括的な政策やプログラムを提供することが打ち出されている。

中絶の権利と出生前検査について

 二分脊椎の障害女性で障害学者のサクストン(1998)は、障害へのネガティブな視線が女性に出生前検査に向かわせることを問題視しつつも、中絶する女性への非難や中絶自体を制限する主張につながることを警戒している。サクストンは障害者と女性の両方の立場から中絶自体は女性の権利として認めるべき、と述べている。

 2003年に「障害者政策研究会」(障害者運動の当事者による政策研究会)の障害者差別禁止法作業チームの「障害者差別禁止法 要綱案」に「胎児の障害を理由にした中絶を禁止する」という文言があった。それに対してSOSHIRENは「障害をもった胎児の中絶だけを禁止し、それ以外の中絶は認めるのか?その場合、どうやって見分けるのか?出生前診断が必要になるおそれはないか。胎児の障害の有無で中絶の可否を決めるという枠組みを法律の中に作ることは問題ではないのか?」と問うた。その後文言は削除された。

 出生前検査の問題は、まず医療・生殖技術が用いられる際に露呈する優生思想の問題としての見地から考えるべきである。

CRPDとCEDAWの共同声明「女性のリプロダクティブヘルス/ライツを保障すること」2019年8月29日

 共同声明は、障害女性も含め、すべての女性のSRHRを確保していくことが、障害者と女性の両方の権利を尊重することであると指摘している。

 「人権に基づいた(human rights-based)、性と生殖に関する健康についてのアプローチでは、女性の自らの身体に関する決定は個人的なものでプライベートなものである。女性の自己決定を、性や生殖の健康サービス(それは中絶のケアも含む)についての政策や法制定の中心に置くことである。加盟国は、障害のある女性を含む女性が、性と生殖の健康について自律的な決定をすることができるようにするための適切な手段を採用すべきであるし、その観点から女性が根拠に基づいた、偏見のない情報にアクセスできることを保障すべきである。(中略)女性たちは自らの意思で中絶したことでスティグマを負わされるべきではないし、中絶や不妊手術を自らの意思に反してインフォームド・コンセントのないまま強制されるべきではない。」

現代の優生思想

 優生保護法は廃止されたが、障害女性は性のない存在、子どもを産むべきではないという偏見は残っている。障害女性のSRHRもまだ多くの面で未整備である。例えば性や生殖に関する情報へのアクセス、ヘルパー利用に当たって障害女性が妊娠・出産する(心身状況が変化する)ことや親としての役割を果たす(ケアを受けながらケアをする)ことが想定されていない等があげられる。

 生殖技術により、生まれる前の胎児や受精卵の選別が行われようとしている。「胎児に障害があったら中絶した方がいい」、「遺伝性疾患のある人は自然妊娠してはいけない」という新たな優生思想が再燃している。一方でゲノム解析により、誰もが疾患につながるような遺伝子を持ち、障害のある子が生まれるのは人間にとって必然だと明らかにもなった。

 障害者も含め多様な人を受けいれることのできない社会に未来はない。国際人権の勧告に沿い、障害女性のSRHRが実現されることを期待したい。


<参考資料>