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国際人権ひろば No.169(2023年05月発行号)

特集:差別禁止法・国内人権機関・個人通報制度は不可分のトライアングル

なぜ国内人権機関は必要なのか

石田 真美(いしだ まみ)
弁護士、日本弁護士連合会国際人権条約ワーキンググループ事務局長

国内人権機関とは

 国内人権機関とは、国連で「National Human Rights Institution」と表現される機関の日本語訳であり、1970年代以降に各国で設置されるようになった人権救済機関である。国内人権機関は、政府から独立した国家機関として国内に設置され、裁判所とは別に、人権侵害からの救済と国際的な人権基準を実施するための人権保障を推進するための機関である。
 国内人権機関の設置形態は、人権委員会のように複数の個人で構成される型(委員会型)とオンブズパーソンのように個人が単独で活動する型(オンブズパーソン型)に大きく分類することができるが、国によって設置形態は異なり様々な名称が付されている。
 1993年12月20日に国連総会で採択された「国内人権機関の地位に関する原則」(以下「パリ原則」という。)は、人権保障を実現するために国内人権機関が備えるべき要素、果たす機能・役割について定めている。
 パリ原則は、国内人権機関が備えるべき要素として、構成と構成員の多元性、政府から独立した十分な財政的基盤、構成員の独立性の確保に必要な安定した権限を保障するための選任方法等を規定している。
 また、「パリ原則」は、国内人権機関の果たす機能・役割について、①人権侵害の被害者から人権救済申立てを受け、事実関係の調査を行い、調停、勧告等の救済措置を行うこと(人権救済機能)、②人権の保護及び促進のため国や地方公共団体の立法行政機関に対し、人権保障のため法律案の提言・改廃・立法、国際人権条約との調和及び実効的な履行を促進することを確保するための方策の提言等を行うこと(政策提言機能)、③人権に関する教育研究プログラムの作成を支援し、学校や企業、裁判官・検察官・警察官・刑事拘禁施設職員等の法の適用・法の執行に携わる者等に対し人権教育プログラムを行うこと(人権教育機能)、④人権の保護及び促進を担う国連及び関連機関や他国の国内人権機関と協力すること(国際協力機能)等が掲げられている。

国内人権機関はなぜ必要か

 人権が侵害された場合の救済方法としては、法務省人権擁護局に対する人権救済の申立、弁護士会に対する人権救済申立等があるが、最終的には人権保障の最後の砦として裁判所における司法的な解決が想定される。
 しかしながら、法務省人権擁護局に対する人権救済の申立は、人権擁護局が法務省の一部局に過ぎず政府からの独立性が保障されていないことから、公権力の行使による人権侵害への対応については申立ての相手方に対する調整・勧告等の措置がほとんどなされておらず、国や自治体による人権侵害について、機能しているとは言い難い状況にある。
 弁護士会に対する人権救済の申立については、申立のあった事案について、弁護士会は申立事実及び侵害事実を調査し、人権侵害又はそのおそれがあると認めるときは、人権侵害の除去、改善を目指し、人権侵犯者又はその監督機関等に対して、警告、勧告、要望等の措置を行うが、弁護士会が行う調査には法的な調査権限がなく十分な調査が行えない場合がある。
 裁判所における人権救済は、一般的に時間と費用がかかり、公開の法廷における立証により二次的人権侵害を受けるおそれがある。また、裁判は、人権侵害が行われた後の事後的な解決であり、現に発生している人権侵害に対しては対処する方法が十分ではない。さらに、裁判における人権侵害に対する救済方法としては、個別事案の解決でありかつ基本的には金銭解決となる点で、人権侵害の構造的解決や根本的解決を果たすことが期待できない。
 この点、パリ原則に則った国内人権機関が設立された場合、すなわち①すべての領域の人権をカバーする幅広い権限、②政府からの独立、③憲法又は法律により独立性を保障されること、④多元性、⑤適切な人的・財政的資源、⑥人権の保護発展に必要な力を有することを備えた国内人権機関が設立された場合には、国内人権機関が申立を受けた人権侵害事案に対し、憲法若しくは法律に基づき、政府から独立した立場から調査を行い、人権侵害が認められた場合には、人権侵害者に対し、迅速に是正のための勧告を行ってくれることが期待できる。また、個別救済だけでなく、法改正等に関する勧告を行ってくれることも期待できる。
 国内人権機関には、政策提言機能があることから、人権の保護や促進の観点から政府や議会に働き掛けを行うことができ、韓国では国家人権委員会が国会等に対し、多くの勧告や意見表明を行っている。

国際機関からの国内人権機関設置を求める勧告

 1993年に国連総会においてパリ原則が採択されたことにより、国内人権機関は国際人権水準を図るための一つの指標となった。
 日本は、1998年10月に実施された「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(以下「自由権規約」という。)の第4回政府報告書審査の総括所見において、自由権規約委員会より、「委員会は、締約国に対し、人権侵害の申立てに対する調査のための独立した仕組みを設立することを強く勧告する。さらにとりわけ、委員会は、調査及び救済のため警察及び出入国管理当局による不適正な処遇に対する申立てを行うことができる独立した当局が存在しないことに懸念を有する。委員会はそのような独立した機関又は当局が締約国により遅滞なく設置されることを勧告する」との勧告を受けた。
 2008年10月に実施された自由権規約の第5回政府報告書審査において、「締約国が未だに独立した国内人権機関を設立していないことに懸念をもって留意し」「締約国は、パリ原則に則り、締約国が承認したすべての国際人権基準をカバーする幅広い権限と、公権力による人権侵害の救済申立てを取り扱いかつ行動する権限を有する独立した国内人権機関を政府の外に設立し、同機関に対して十分な経済的・人的資源を提供すべきである」との勧告を受けた。
 2012年の民主党政権下において、人権委員会設置法案が閣議決定され、国会に提出されたが、その直後に衆議院が解散され、同法案は廃案となった。
 2014年7月に実施された自由権規約の第6回政府報告書審査において、日本は2012年11月に人権委員会設置法案が廃案となって以降、国内人権機関設置に向けた具体的な動きがない点について、「委員会は、人権委員会法案の2012年11月の廃案以来、統合的な国内人権機関を設立するために締約国が何らの進展を見せていないことに、遺憾の意を表明する(第2条)」との指摘を受けるに至った。
 そして、2022年10月に実施された自由権規約の第7回政府報告書審査においては、「委員会は、従前の勧告を繰り返し、締約国に対し、優先事項として、パリ原則に従って独立した国内人権機関を設置し、同機関に十分な財政的及び人的資源を割り当てるよう求める」との要請を受け、自由権規約委員会から国内人権機関の設置は優先的に取り組むべき課題であること、2025年11月4日までに国内人権機関の実施に関する情報提供をするように求められた。
 国内人権機関の設置については、自由権規約委員会からだけでなく、子どもの権利委員会、女性差別撤廃委員会、人種差別撤廃委員会、拷問等禁止委員会、社会権規約委員会等からも指摘を受けており、さらに国連人権理事会における普遍的定期的審査(UPR)でも、審査を受ける度に多数の国から国内人権機関を設置するよう勧告を受けている。
 国連加盟国のうち、120カ国以上の国において国内人権機関が設置されており、国連の人権保障メカニズムの中で、国内人権機関を設置することは、国際的な人権保障基準を達成するために不可欠の機関であると考えられる。
 国内人権機関を設置することは、待ったなしの状況である。