MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.170(2023年07月発行号)
  5. 「ひとり親のエンパワメントを支援する」とは

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.170(2023年07月発行号)

特集:日韓の現場に学ぶひとり親のエンパワメントと支援

「ひとり親のエンパワメントを支援する」とは

神原 文子(かんばら ふみこ)
社会学者

ひとり親の生活実態-日本と韓国と

 日本では5年ごとに、韓国では3年ごとに、ひとり親世帯を対象とした実態調査が実施されている。日本における「令和3年度全国ひとり親世帯等調査」(厚生労働省2022)と韓国における「2021年ひとり親家庭実態調査」(韓国女性家族部2022)から比較できる数値を紹介しよう。ひとり親世帯(母子・父子合わせた)の比率は、日本は全世帯の2.5%、韓国は1.7%。ひとり親になった理由は、日本では、死別7.0%、離婚78.4%、未婚9.7%であり、韓国では、死別11.6%、離婚81.6%、未婚6.8%である。また、平均子ども数は、日本1.5人、韓国1.5人である。
 日本の母子世帯の母自身の平均収入は272万円、父子世帯の父自身の平均収入は518万円、他方、韓国のひとり親世帯の収入は283万円(日本円換算)である。就業率は、日本の母子世帯86.3%、父子世帯88.1%、韓国の母子世帯72.1%、父子世帯88.1%である。日本でも韓国でも、ひとり親の多くは就労しているが、日本の母親の42.4%、韓国のひとり親の46.0%は非正規職であり、その多くは低所得である。さらに、養育費を受け取っている日本のひとり親世帯は26.4%、他方、韓国では、2015年に養育費履行院が設立されたが、法的養育費債権のあるひとり親世帯は21.3%にすぎない。これらのデータだけをみると、日本と韓国のひとり親世帯の生活実態は大差なく、双方の厳しさが窺える。
 しかし、2012年頃から、研究仲間と一緒に韓国に何度か足を運んで実施した、支援団体の代表者、行政担当者、そして、研究者などへのインタビューから見えてきたのは、韓国のひとり親支援策における日本との大きな相違であった。
 そこで、科学研究費補助金を得て、2014年から2016年に、韓国のソン・ジョンヒョン先生(協成大学)たちと協力して、日本と韓国において、ひとり親当事者の方々にインタビューをお願いし、生活状況について聴かせていただいた。日本人38名、在日コリアン16名、韓国人34名、合計88名のひとり親の方々がインタビューに応じてくださった。インタビューをとおして、当事者の方々を支援している団体の役割にも光を当てる必要があると痛感し、2017年から2019年にかけて、今度は、ひとり親家族を支援しているさまざまな支援団体の代表やスタッフの方々にインタビューをさせていただいた。

韓国におけるひとり親支援

 韓国におけるひとり親支援にみられる大きな特徴は、社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)の考え方に依拠して、さまざまな差別や偏見を被ることの多かったひとり親家族が、多様な家族の一形態として地域社会の中で生活できることをめざしている点である。ソウル特別市の場合、ひとり親当事者がさまざまなところに訪ねて行く「ひとり親家族理解教育」や社会の認識改善のキャンペーンに力を注いでいる。また、ひとり親家族がエンパワメントによって、自ら権利を追求できることを「自立」と捉えているように解され、たとえば、「脆弱家族」支援としての住宅資金無利子少額貸付制度に「私は家長」とネーミングをしている。
 韓国政府は、2019年に、5月10日を「ひとり親家族の日」と定め、各地でさまざまなイベントが行われているという。
 エンパワメントとは、まず一人ひとりが本来持っている力を発揮し、自らの意思で自らの生き方を選択できることを意味する。さらに、人々が繋がり、より良い社会への変革をめざす主体になることもエンパワメントの重要な目的である。
 韓国では、近年、未婚母・父への支援に力を注いでおり、未婚母・父に対する社会的評価をマイナスからプラスに転換させる意図から、未婚母・父が生活困難ゆえに支援するのではなく、「自分と子どもを守った勇気」を称える意味で支援するという考えを前面に出して、ひとり親家族の中でも手厚い支援策を講じている。余談ながら、私たちの本をお送りした(日本の婚姻を選ばずに母となった)非婚母の方から、「自分と子どもを守った勇気」という箇所を読んで涙が溢れたというメールをいただいた。
 韓国の支援団体のリーダーたちの中には、労働運動や女性差別反対運動に取り組むなかで、ひとり親女性たちのおかれている厳しい状況を目のあたりにして、ひとり親支援に乗り出した女性たちが少なくない。どのリーダーたちからも、女性の権利や労働者の権利を主張する強い意思が伝わってきた。
 韓国の支援団体が力を入れているのも、ひとり親当事者のエンパワメントへの支援である。支援を受けたひとり親が力をつけて、今度は、支援を必要としているひとり親を支援しながら、ひとり親家族が生活しやすい社会の実現をめざしている。必要に応じて、専門の心理職によるカウンセリングも行っている。
 さらに、私たちが驚いたのは、未婚母家族を支援する団体や移民のひとり親家族を支援する団体が、全国規模の活動を展開していることであった。
 日本と韓国と、今は、ひとり親家族の生活実態に大差はないとしても、少なくとも、韓国のひとり親家族支援の考え方や支援策には希望が見えた。
 私たちは、韓国のひとり親支援について学ぶうちに、ひとり親当事者一人ひとりが自分の意思と選択によって、自らの生活を構築できるようになる支援、さらには、だれか他者を支援する存在になったり、理不尽な世の中を変えていく担い手になりえたりするような支援、すなわち、当事者のエンパワメントの支援を、日本のひとり親支援においても、支援の柱とするべきではないかと考えるに至った。

日本におけるひとり親支援への期待

 韓国のひとり親支援における取り組みを紹介してきたが、それでは、日本ではエンパワメントとなるような支援は行われていないのかというと、決してそうではない。私たちがインタビューをさせていただいた多くの支援団体では、ひとり親家族の親と子どもが元気になれるように、困りごとの相談に応じたり、交流会やレクリエーションの機会を提供したりするなど、さまざまな支援を行っている。「元気になれるように支援する」のは、エンパワメント支援の第一歩と言える。とはいえ、元気をもらった当事者が、今度は、困難な状況にある当事者を支援する側になるにはハードルが高い。さらに、ひとり親が安心して生活できる社会の実現に向けて権利主張をするのは、さらにハードルが高い。
 また、日本では、"困っている人を助けてあげる"という福祉観が根強いことも関係しているのか、特にコロナ禍においては、金銭や物品を提供する支援が主流となった支援団体も散見される。


no170_p4-5_img1.jpg

神原 文子、田間 泰子 編著 
『ひとり親のエンパワメントを支援する-日韓の現状と課題』
(白澤社、2023年2月)

 それでは、ひとり親のエンパワメントを支援するとは、どのような支援だろうか。第1に、離婚や非婚を理由としてひとり親になることを、主体的な選択の結果として肯定し、ひとり親に対する差別や偏見をなくすための支援である。これは、家族のあり方や個々人の生き方の多様性の尊重を求める運動でもある。第2に、ひとり親家族が安心して生活できることは基本的人権であり、ひとり親家族の生活困難は社会的排除の結果であって自己責任によって解決すべき問題ではないことの確認と、公的な支援を求めるのは当然の権利なのだという観念を促す支援である。そして、第3に、日本における「自立」概念、すなわち、公的な福祉に頼ることなく、自力で生活を営むことができることといった"狭い"自立観を覆し、助け-助けられる関係性を広げることが「自立」力を高めることになるという観念を根付かせるような支援である。
 ひとり親のエンパワメントを支援するとは、ひとり親たちが、インクルーシブな社会の実現をめざす変革の主体者となる支援と言えるだろう。