MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.171(2023年09月発行号)
  5. 技能実習生の妊娠・出産をめぐる課題

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.171(2023年09月発行号)

特集:多民族・多文化共生社会に向けた基盤整備を考える

技能実習生の妊娠・出産をめぐる課題

中島 眞一郎(なかしま しんいちろう)
コムスタカ-外国人と共に生きる会

はじめに

 ベトナム人元技能実習生レー・ティ・トゥイ・リンさんの死体遺棄刑事事件は、2023年3月24日に最高裁判所第二小法廷(草野耕一裁判長)が「無罪」判決を言い渡し、勝訴で終わることができた。リンさんが死体遺棄罪容疑で逮捕された2020年11月19日から、2年4ヵ月のあいだリンさんの無罪主張を支え励まし、公判の傍聴、署名、一般意見書、寄付金などご協力していただいた皆様のご支援のおかげと心より感謝申し上げる。

技能実習生の妊娠・出産問題とは

(1)技能実習生は、妊娠すれば帰国させられることが常態化していた

 1990年「研修」の在留資格創設、1993年「外国人研修・技能実習」の制度化以降、研修生や技能実習生の妊娠・出産問題はつねに発生してきた。2010年に在留資格「技能実習」が創設され、雇用関係の下に技能実習が3年間に拡大された。しかし、実態は、「労働」であるにもかかわらず、「人づくりの国際貢献」という建前で運営されている制度下では、技能実習生が、日本人の女性労働者と同じ権利があるという認識はされず、実際保護もされていなかった。

 まず、技能実習生に家族帯同を認めていない入管制度の下では、妊娠・出産により技能実習を中断した技能実習生は在留資格を喪失して帰国させられるか、「短期滞在」の在留資格に変更を強いられる。そして、日本国内で子を出産した場合には、60日以内に子を出身国に連れて帰るか、「短期滞在」に変更を強いられる。いずれにしろ「短期滞在」の在留資格となった母親と子は、就労できず、公的医療保険の対象ともならない。技能実習生は、監理団体や実習先企業・農家(実習実施者)に技能実習中に妊娠が発覚すると、帰国させられたり、中絶を迫られたり、技能実習を継続できなくなるのが常態化していた。

 そして、技能実習生の中には、妊娠したことを誰にも言えず、孤立出産のなか、流産や死産、早産して、死体遺棄罪や保護責任者遺棄罪、保護責任者致死罪などの容疑により逮捕や起訴され刑事事件となる者も、リンさんの事件前および事件後にも後を絶たない。日本社会は、孤立出産をした女性に対して、差別と偏見をもって、擁護や保護の対象者ではなく犯罪者として扱ってしまう冷たい社会であった。

(2)2019年3月11日の「通知」の公表

 技能実習生の妊娠・出産問題が、国会で取り上げられたのが2019年2月から3月であった。同年4月から「特定技能」の在留資格の創設を含む入管法等の改定問題が議論されるなかに、上限5年間で、家族帯同を認めない「特定技能」の在留資格の父母の間に日本で生まれた子の在留資格の扱いについて、政府は「特定活動」の在留資格を付与する方針を答弁し、あわせて、技能実習生間の父母により日本で出生した子にも同様の扱いをすることを答弁した。

 そして、2019年3月11日付で、「妊娠等を理由とした技能実習生に対する不利益取扱いについて」という通知文書が、法務省、厚生労働省、外国人技能実習機構の3者連名で監理団体と実習実施者に周知され、妊娠した技能実習生に対しても、日本人の労働者と同内容の保護と不利益取り扱いの禁止が、制度上は適用されることが公表された。しかし、通知を公表し、監理団体等に周知を図るだけでは、そのような対応がこれまで皆無に近かったという実態が改善されるわけではなかった。

(3)2019年3月11日「通知」以降の効果の検証

 この通知の効果がどの程度表れているかは、以下のようなデータでその一部を、検証することができる。リンさんの最高裁無罪判決後の2023年4月に厚生労働省の担当者に確認したところ、2017年11月の「技能実習法」の施行以降、2022年3月までに、外国人技能実習機構に妊娠・出産を理由に技能実習中断の届けが出された数は1,434人、そのうち技能実習の継続を希望したのは134人、2022年9月までに技能実習を再開したのは、わずか23人(中断届数の1.6%)に過ぎない。

 なお、この技能実習中断届は、あくまで監理団体が妊娠・出産を理由として提出した数で、実際には、妊娠・出産以外の自己都合やホームシック、他の病気などを中断理由として提出しているものもかなりの数があるとも思われる。この数字に基づいてさえ、技能実習生が妊娠・出産した場合に、1.6%しか技能実習を再開できていない現状がある。

 2019年3月11日の通知以降も、2021年2月16日、同年5月13日、同年7月15日、2022年12月23日、2023年4月3日付と、同様の通知が何度も公表され続けている。しかし、通知で、妊娠・出産による不利益取り扱いをした監理団体や実習実施者には、受け入れ停止措置など行政処分が科されると明記されているにもかかわらず、これを理由に行政処分を受けたものは、これまで1件もない。通知に違反した監理団体や実習実施者をこの制度から退場させ、これらの通知の内容どおり、技能実習生に妊娠・出産による不利益を受けない労働環境を築いていくことができるかが課題である。

リンさんの刑事裁判での無罪主張や無罪判決の意義

 リンさんの事件を知ってから、コムスタカでは、技能実習生に自分たちの権利や妊娠・出産に関する日本の制度を知ってほしい、また妊娠しても一人で悩まずに相談してほしいという思いから、いろいろな方の協力を得て、「日本でのにんしん」(注という多言語サイト(日本語、ベトナム語、中国語、ネパール語、英語)を2021年3月から起ち上げた。このサイトを含めて、様々なルートを通じて、コムスタカには技能実習生から妊娠・出産の相談が、2019年2件、2020年7件、2021年20件、2022年27件が寄せられた。

 リンさんは、2019年11月に孤立死産をしたことで逮捕起訴され、一審、二審とで有罪判決を受け、多くの誹謗中傷を浴びせられながら、親としての愛情をもって双子の遺体に行った自分の行動に間違いはなかったと信じ、この2年半ほどをずっと無罪を訴え闘い抜いた。リンさんが逮捕された当初は、メディアでもリンさんは子どもを遺棄した犯罪者という扱いであった。しかし、リンさんが、熊本県警の死体遺棄容疑での逮捕、熊本地検による同罪での起訴に対して、無罪主張をした闘いは、技能実習生の妊娠・出産問題を全国的、国際的に顕在化させ、技能実習生の置かれている過酷な現実を広く社会に伝えた。

 そして、2023年3月24日に最高裁の無罪判決がでたことで、技能実習生やすべての孤立出産に追い込まれる女性たちが犯罪者として扱われるのではなく、擁護と支援が必要な人として扱われ、適切なケアが受けられるような体制が整っていくことが期待される。

 また、現在の矛盾と問題に満ちた技能実習制度を廃止して、外国人労働者を単なる労働力ではなく、妊娠・出産もする労働者や生活者として受け入れる制度につながっていくことが期待される。リンさんがあきらめずに無罪を主張し続け、最高裁判所で逆転無罪判決を勝ち取ったことで、多くの技能実習生、外国人、日本に住む女性に希望を与えた。また、私たちコムスタカもあきらめずに闘い続ければ社会は変えられると実感することができて、今後の活動にも自信と希望を得ることができた。


※リンさんの死体遺棄刑事事件とは

 熊本県内の農家で技能実習生として働いていたリンさんは2020年11月、自宅で双子の男児を死産した。出産の痛みと死産のショックのなかで、二人の遺体をタオルで包み、名前を付け、弔いの言葉を添えて箱に入れ、近くにある棚の上に安置して一晩を一緒に過ごした。翌日、雇用主らに病院へ連れていかれ、医師に妊娠・出産の事実を告げた。医師が警察へ通報し、リンさんは死体遺棄罪容疑で逮捕・起訴された。

 2021年7月、熊本地裁は、懲役8月・執行猶予3年とし、2022年1月の福岡高裁は、減刑したものの、懲役3月・執行猶予2年の有罪判決を言い渡した。


注:「日本でのにんしん」(https://ninshinjapan.weebly.com/