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国際人権ひろば No.172(2023年11月発行号)

特集:国内人権機関設立への課題

日本に国家(国内)人権機関を

藤原 精吾(ふじわら せいご)
弁護士、日弁連国内人権機関実現委員会副委員長

日本の人権状況-国連ビジネスと人権作業部会の訪日調査報告

 テレビや新聞ではジャニーズ事件のことばかり報じられている。しかし、作業部会が7月24日から12日間かけて行った調査は、ジャニーズ事件だけではない。日本における女性差別、LGBT、障害者、部落差別、先住民族、民族的マイノリティ、技能実習生、労働組合、労働条件、子ども、若者など、日本には多くの深刻な人権問題があることを報告している。今回の調査はビジネスと人権に関するものであり、国には企業活動による人権侵害を起こさせないための国の責任を指摘したことに留まるが、公権力自身が行う人権侵害も忘れてはならない。入管収容者への虐待、刑務所、拘置所、警察での不当な処遇や捜査、法律や行政による人権侵害などがある。
 作業部会は、調査で明らかとなった人権侵害を救済し、なくすためには「国家人権機関」を作ることが必要だとのべている。

なんで国家(国内)人権機関か-人権と救済は一体

 「人権がある」というだけでは不十分である。侵害された人権を回復するシステムがなければ、人権保障ではない。
 裁判所があるではないか、というかもしれない。しかし人権侵害は裁判所だけでは救済されない。なぜなら裁判所は、①訴状を書いて、訴訟手続を取らないと動かない。判決までに1年、2年もかかることが珍しくない。②判決は法律の範囲内でしか出ず、ヘイトスピーチがあっても、処罰する法律がないので、刑罰を科すことができない。また民事は金銭賠償が基本とされる。③人権侵害再発防止のための法改正や制度の改善、まして加害者に対する人権教育を行うことはない。
 そこで、人権の保護、尊重、推進の役割を担う公的機関が必要となる。これを「国家人権機関」(National Human Rights Institutions)という(従来「国内人権機関」と言ってきたが理解しやすいよう、「国家」とする)。


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 例えば、ウィシュマさんが名古屋の入管で亡くなった。本人が「医療を受けたい」「病気だから何とかしてほしい」と言っても職員が取り合わないときに、裁判が起こせるわけがない。中から人権機関に訴え、知人が電話をして、とりあえず調べに来てもらう。そういうシステムが必要である。
 また、人権侵害が起きるのには制度的原因がある。入管は法務省にあり、法務大臣が監督している。入管で人権侵害があっても、それを警察、検察庁が調べて処罰することはほとんどない。
 国家人権機関は、人権を侵害された人から通報があれば、自分から調査に行き、必要な対応をする。勧告には強制力はないが、世論を喚起し、被害者が裁判所に訴えるのをアシストできる。
 そして制度が人権侵害の根源となっている場合、例えば精神疾患の患者が、本人の意思に関わらず強制入院させられ、何年も閉鎖病棟に収容されるなど、法律や行政が許している人権侵害について、それを止めるよう勧告できる。新たな法律が制定される時にも、人権の侵害が危惧されれば、それをチェックする人権アセスメントという仕事ができる。
 国際人権法を知らない裁判官に、あるいは、障害のある人の尊厳を守るよう警察官などを教育する役割も担う。
 今回、人権理事会は企業により起こされる人権侵害を調査した。国連には「ビジネスと人権に関する指導原則」がある。この原則では、「人権を尊重する企業の責任」を果たさせるために、国が企業による人権侵害を防ぐような制度を作らなければならない。各国は、指導原則を実施するために「国別行動計画(NAP)」を策定している。その「人権を保護する国家の義務」の中心的な働きをするものとして、国家人権機関を位置づけている。

パリ原則

 国家人権機関が持つべき性質として、「パリ原則」がある。パリ原則は1993年に国連総会で決議された。国連は世界各国に国家人権機関を作ろうと決めている。
 パリ原則の基本に「政府からの独立性」がある。その第1は、「委員の選任と身分の保障を通じての独立性」である。政府権力や社会的強者に対しても、はっきりと物が言えるように、人権委員会の委員は、人権にかかわる社会集団の多元的な代表を確保できる手続によって、ふさわしい人が選任され、任期中、政府によって一方的に解任されないよう身分保障されることが求められる。
 第2に「財政と事務局の自立を通じた独立性」がある。政府から独立した活動が出来るようにするために、自前の事務所と事務局職員をもち、その活動のための予算財源を与えられることである。
 第3が人権を守るために必要で十分な権限の付与である。それには、①人権侵害について調査、検討、協議し、広報し、NGOとの関係を発展させる権限。②調停を通じての解決を図ること。更に③法律、規則、行政慣行の改正や改革を勧告する権限(政策提言機能)がある。第4が人権教育を行うことである。
 国の機関であるのに、政府から独立しているのは「自己矛盾じゃないか」という疑問を持つかもしれない。しかし、人権を守るために政治制度を工夫することも人類の知恵である。
 憲法は三権分立を定めている。司法と行政と立法の3つの国家権力が、それぞれ分立して、お互いに牽制することで人権が守られる。3つが一緒になっていると、やりたい放題になる。国家機関としての裁判所も、裁判官には、国が誤れば、「憲法違反だ、法律違反だ」と言える独立性が憲法上保障されている。
 国家人権機関は憲法、国際人権法に基づいて、「政府に都合の悪いことでも、自らの考えで調査をし、命令・勧告することができるものとして作るべし」というのが、パリ原則なのである。国家人権機関がこのような性質をもち、活動を保障されるためには、憲法または法律に基づいて設立されることが必要である。

世界には120の国家人権機関

 世界には既に120の国家人権機関がある。それらが「世界連合」であるGANHRI(Global Alliance of National Human Rights Institutions)を作り、交流・連絡・調整と独立性の審査をしている。その下に地域人権機構が米州、アフリカ、欧州に存在し活動を行っている。アジア太平洋にも地域人権機構を作ろうと、日本は、韓国、インドネシア、オーストラリア等から何度も呼びかけられている。
 日本が加入している主要な人権諸条約の審査でも、日本も早く国家人権機関を設置せよと何度も勧告を受けている。国連人権理事会が行う各国の普遍的定期的審査(UPR)でも各国から再三の勧告を受けている。今年2023年1月の審査でもまた、設置を促されている。

国家人権機関はいつできるのか

 1998年の自由権規約委員会の日本審査で、「政府から独立した人権機関」の設置勧告を受けて以来、日本は25年もそれに応えていない。日本に人権機関ができるのかと疑問を持つかもしれない。
 しかし、2012年に民主党内閣が、「人権委員会を作る」と決めて作業が始まった。日弁連も法務省と協議して、「人権委員会設置法案」ができた。そして9月に閣議決定し、国会に出されたが11月に解散総選挙となり、選挙公約で「人権委員会は、絶対に作らせない」と言っていた自民党が勝った。法務省は当時作るつもりでホームページにも載せていたのに、今は極めて消極的になっている。
 しかし、作る準備はできている。

いかにして実現するか

 人権機関を作る必要と機運は十分にある。では、なぜ、できないのか。
 政治権力を持っている人が、そんなものを作られると、自分たちの仕事がしづらくなるので消極的になる。各国の経験、とりわけ韓国を見れば、「人権委員会を作れ」という、市民運動、いろんな分野の活動家の声が高まり、金大中キムテジュン大統領が実現した。
 私たちは政治権力という猫の首に鈴を付けるのが国家人権委員会だと思っているが、それを作らせるのは市民の力である。
 今もいろんな分野で人権侵害が起こっており、それぞれの分野のNGO、活動家がそれぞれ取り組んでいる。各分野の人権問題に共通する課題として、国家人権機関を作る運動がなぜできないのか。NGOの力を結集して、政府が嫌でも人権機関を作れ、という大きな運動にしていくのが、今日、私がぜひ皆さんにお願いしたいことである。