特集:国内人権機関設立への課題
自由権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)の加盟国における実施状況を審査している「国連自由権規約委員会」は2022年11月3日、10月に行われた定期審査を踏まえた日本への勧告を公表し、出入国在留管理庁の収容施設の改善や、国際基準に基く、独立した人権救済機関を創設するよう求めた。
勧告では、2017年から2021年までの5年間で、入管に収容された3人が亡くなったことを受け、「国際基準に沿った改善計画の策定を含む、あらゆる適切な措置をとること」を求めている。3人のうちのひとりが、2021年3月6日、名古屋入管で亡くなった、スリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんだ。
ウィシュマさんは2017年6月、「日本の子どもたちに英語を教えたい」と、英語教師を夢見てスリランカから来日した。けれどもその後、学校に通えなくなり、在留資格を失ってしまうことになる。2020年8月に名古屋入管の施設に収容されたが、同居していたパートナーからのDVと、その男性から収容施設に届いた手紙に、《帰国したら罰を与える》など身の危険を感じるような脅しがあったことで、帰国ができないと訴えていた。体調不良を訴え、最後には呼びかけにほとんど反応できないほど衰弱していたにも関わらず、点滴や入院などの措置が受けられることはなかった。
遺族は、ウィシュマさんが最後に収容されていた居室の監視カメラの映像開示を求め、「多くの人の目で検証してほしい」と訴えてきたが、国側は一貫して消極的な態度をとってきた。名古屋入管側の関係者は不起訴となったものの、遺族が原告となり、現在、国家賠償請求訴訟が続いている。
「国連自由権規約委員会」の勧告を受け、ウィシュマさんの妹で、次女のワヨミさんと弁護団は、同委員会にレターを送付した。
その中で弁護団は、そもそもの日本の収容体制の問題を改めて指摘している。無期限の収容自体が自由権規約の条文に違反しており、「この苦しみに耐えられないので日本を離れたい」と言わせる道具-いわば拷問-として収容を用いてはならないことを訴えている。
妹のポールニマさんが掲げるウィシュマ・サンダマリさんの遺影(筆者撮影)
ウィシュマさん遺族は、顔と名前を公表し、自らの言葉で日本社会に訴え続けてきた。ただ、ある日突然、遺族にされた人々が、国家という巨大な権力に向き合うことの負担は計り知れない。もちろん今後、収容体制を抜本的に変えていくことが不可欠だが、もしもこうした人権侵害が起きてしまった場合、迅速に対応していくためには、やはり政府から独立した国内人権機関の設立が不可欠だろう。
国内人権機関とは、裁判所とは別に、人権侵害からの救済や人権保障を担う国家機関だ。原則として人事や業務などの権限は政府から独立し、実際に人権侵害が起きた際、迅速な調査、救済をするほか、立法、行政の活動への提言、市民や裁判官らへの教育・啓発活動などを軸としている。
国連で採択された「国内人権機関の地位に関する原則」(パリ原則)に則った機関は世界に120あり、そのうち約90はパリ原則に完全に適合しているとされる。入管問題に留まらない外国人差別の問題や、性的マイノリティ、子ども、障がい者の権利の観点からも早急に設置が求められる機関だ。
その必要性を改めて強く示したのが、杉田水脈議員による「人権侵犯」だろう。
2016年に開催された国連女性差別撤廃委員会の後、杉田氏は自身のブログなどに、「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場」「同じ空気を吸っているだけでも気分が悪くなる」などと投稿していた。
投稿について、会議に参加していたアイヌの女性が、2023年3月、札幌法務局に人権救済を求める申し立てを行った。9月7日付で札幌法務局は、「人権侵犯の事実があった」と認定し、杉田氏にアイヌ文化を学び、発言に注意するよう啓発を行ったという。
杉田氏によるマイノリティへ矛先を向けた差別発言は、ここには書ききれないほど指摘されてきた。2015年6月、「(性的マイノリティの子どもの)自殺率が6倍高い」ことを、「チャンネル桜」の番組で笑いながら語り、新潮45(18年8月号)に、同性カップルを念頭にして「生産性がない」と寄稿した。2020年9月、自民党の部会の合同会議では、女性への性暴力などに関して、「女性はいくらでもうそをつけますから」と発言している。
性被害を訴えてきたジャーナリストの伊藤詩織さんの名誉を棄損するイラストを投稿したとして、漫画家のはすみとしこ氏に110万円の賠償を命じる判決が2023年9月14日付で確定したが、杉田氏は過去、はすみ氏のそうしたイラストを見ながら、ネット番組でやはり、笑っていた。
また、歴史認識についての言動抜きに、杉田氏の問題を語ることはできないだろう。「『歴史戦』はオンナの闘い」(PHP研究所)では、杉田氏はこう発言している。
「アメリカもそうですが、慰安婦像を何個建ててもそこが爆破されるとなったら、もうそれ以上、建てようとは思わない。建つたびに、一つひとつ爆破すればいい」
また、あの2016年の国連女性差別撤廃委員会に際し、慰安婦問題についてさまざまな発信を現地で行っていたことをブログで報告している。
岸田文雄首相は昨年、杉田氏を総務政務官に起用して非難を浴びた。そしてなぜか、国会が閉じ、話題になりにくいであろう年末に、「しれっと」交代させている。ヘイトや差別を何度指摘されても繰り返す人物を政権の要職に起用することは、差別問題など考慮するに値しない、という負のメッセージとして社会に伝わっただろう。もっといえば、その差別やヘイトの矛先を向けられている人々の命を、「二の次」扱いするようなものだ。
岸田首相は2023年9月、国連総会で、「人間の尊厳に光を」と立派な言葉で演説をしていたが、足元で光を奪われ続けている人々がいること、その光を奪い続けているのが自民党の国会議員であるという事態に、一刻も早く対応すべきだろう。これは、命に関わる問題だ。
札幌法務局の判断は重要なものではあったが、法務局はあくまで法務省の出先機関だ。先の入管内での問題は、法務省は責任を問われる側だ。公権力や公職者による差別、人権侵害により適切に対応していくためには、政府から独立した国内人権機関が不可欠だろう。
これまで日本国内でも、設立の動きがなかったわけではない。2002年3月の国会には、十分な内容とは言えないながらに、人権委員会の設置を含めた人権擁護法案が提出されたが、結局その後の国会を経ても成立には至らなかった。
民主党政権時代の2012年2月21日、当時の小川敏夫法相が衆院予算委員会で、人権救済機関設置法案の国会提出について触れたことに対し、自民党の柴山昌彦衆院議員(その後、18年10月から19年9月まで文部科学相)は「人権の解釈が多義的になっている以上、私は、極めて逆の危険性、つまり逆差別の危険性というものが出てくるのではないかということを強く申し上げたい」と述べた。この「逆差別」を盾にした否定論には既視感があるが、それはマジョリティ側の特権性や優位性に対してあまりに無自覚だろう。
結局今にいたるまで、独立性のある人権機関の設置は実現されていない。
先述の「国連自由権規約委員会」の勧告を受け、葉梨法務大臣(当時)は、「現段階では、個別法によるきめ細かな人権救済に対応していきたい」と述べるに留まり、消極的な姿勢を見せている。「不断の検討をしている段階」としているが、自由権規約の最初の勧告が出されたのは1998年だ。つまり、すでに20年以上「検討」で足踏みをし続けているのが現状だ。
実際に現行法でできる対処は、裁判など限られた手段であり、それには費用、時間、弁護士への依頼など、高いハードルがつきものだ。かつ、裁判所は人権救済のための政策提言まではできない。ここで二の足を踏み続けることは、泣き寝入りせざるをえない人々の存在に背を向け続けることでもある。待ったなしの具体的な法制化が求められている。