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国際人権ひろば No.174(2024年03月発行号)

人として♥人とともに

「私たちの共通の課題」と人権

三輪 敦子(みわ あつこ)
ヒューライツ大阪所長

 国連は、2024年9月に「未来サミット(Summit of the Future)」を開催します。未来サミットは、気候危機と新型コロナウイルス感染症の大流行によりSDGsの達成に暗雲が立ちこめるなか、危機を克服することを目的として事務総長が2021年に発表した報告書「私たちの共通の課題(Our Common Agenda)」で開催が提案されました。

 未来サミットに向けた現状認識と課題をまとめたのが「私たちの共通の課題」ですが、報告書を貫いているのは、多国間主義の揺らぎ、格差と不平等の拡大を始めとする、今の国際状況に関する非常に深刻な危機感です。報告書は「私たちは歴史の転換点に立っている」という言葉で始まり、「破綻か前進かの、第二次世界大戦以来、最も厳しい選択であり試練を前にしている」と述べています。

 同報告書の第2章である「我ら人民は:人権に根ざした新たな社会契約」は人権に焦点を当てた章になっています。コロナ禍以前から既に多くの社会で人々の連帯が失われつつあったと述べ、人々の間に拡がる不公平感、単純な解決策や陰謀論に人々を向かわせるポピュリズムや内向きの国家主義の隆盛がもたらすガバナンスの難しさを指摘し、「取り残されている」と感じる人が増えているとしています。報告書は、このような状況に立ち向かうには、問題を解決するための制度や規範をどのように整えるかに関する社会における理解と、人々、世帯、地域社会、為政者間のお互いに対する義務、すなわち社会契約が重要になると述べています。

 そして、新たな社会契約の基礎として「信頼」「包摂・保護・参加」「人間と地球に重要な価値の測定」の3項目を提示しているのですが、相互の信頼なくしては、私たちが今後、直面する課題に立ち向かえないこと、そのためには、人々の声に耳を傾けること、特に女性、若者、マイノリティに属する人たち、障害者等、忘れられがちで取り残されがちな人たちの声と参加が重要になるとして、こうした人々の声を聞くための場を設けるよう事務総長は各国政府に呼びかけています。また社会契約に必要不可欠な側面として正義を挙げ、世界的にみて女性が享受している法的権利は男性の75%にすぎないなど、依然として女性に対する差別的な法律が残っていることを指摘し、また国境を越えた貿易や投資が増えるなかで公正で効果的な税システムを実現する必要性にも触れています。

 第2章で最も紙幅を割いているのが「包摂・保護・参加」ですが、これを実現するためには差別に取り組み、人権を保護し、人々が基本的なニーズを満たせる方策が必要になるとしています。そして、この項目の後半をジェンダー平等の重要性に割いています。「人類の最も偉大な資源は私たちが集団で発揮できる能力であるが、歴史的にその半分はジェンダー差別により抑圧されてきた」とし、以下の5点を検討するよう加盟国とステークホルダーに訴えています。

  1. 差別的法律の撤廃を含む男女の平等な権利の完全な実現
  2. クオータ制や特別措置の導入を含む、あらゆる分野の意思決定における平等実現のための方策導入
  3. ケア・エコノミーや平等賃金への大胆な投資や女性起業家支援等による女性の経済的包摂促進
  4. ユース女性の参加促進
  5. 女性と少女に対する暴力根絶に向けた、暴力を容認する社会規範撤廃を含む緊急計画実施

 さらに、社会契約の土台を成すのは人権への揺るぎないコミットメントであるとし、人種主義、不寛容、差別に対応するために、人種、民族、年齢、ジェンダー、宗教、障害、性的指向・ジェンダー自認等に基づく差別を包括的に禁止する法律の制定を加盟国に促しています。これは、日本の課題でもあります。また、無国籍状態を救済し、国内避難民、難民、移民の権利を保護することの重要性を強調しています。

 章のタイトルである「我ら人民は」は、国連憲章前文冒頭の文言です。今、この言葉を繰り返さないといけない背景には、国連創設時にあった世界の平和、人権の保障、社会経済水準の向上に向けた一体感が危機に瀕していることの現れでしょう。様々な観点か「歴史の転換点」に立っている私たちの社会をどう変革していけるか、創立30周年を迎えるヒューライツ大阪も、国際人権基準の日本における実現という視点から、この課題に取り組んでいきます。


<参考>

現在、全文は英語のみのようであるが、「私たちの共通の課題(Our Common Agenda)」は以下からダウンロードできる。https://www.unic.or.jp/news_press/info/42716/