特集:ビジネスと人権の現在地
コロナ禍で中断していた技能実習生の来日が再開し、国内で働く技能実習生の数は2023年6月末現在で約36万人となっている。技能実習制度は「人材育成」を通じた国際貢献策とされているが、実際には国内で労働力を確保できない不人気産業、地方の零細企業や農家などの、その場しのぎの人材確保策として広く利用されてきた。同制度が強制労働や人身売買にあたるなどとして国内外から多くの批判を集めてきたことはよく知られているとおりである。2019年には特定技能制度が始まったが、技能実習制度は廃止されず、その一部が特定技能制度に接続されて現在に至っている。
政府においては古川法相(当時)のもとで勉強会が開かれ、その後は関係閣僚会議のもとに有識者会議が設置されて、技能実習制度および特定技能制度の見直しがセットで進められてきた。しかし、外国人労働者に対する人権侵害的な状況の是正から始まった見直しの議論は、世界的な労働者獲得競争の中で「選ばれる国」になるための議論へと変質した挙句、さまざまな思惑から技能実習制度を実質的に温存する内容に落ち着いてしまった。
2023年5月に有識者会議が示した中間報告は、新制度の目的として「人材育成」および「人材確保」を打ち出し、11月末の最終報告にも引き継がれて、法務大臣に報告された。しかし、これは結局、技能実習制度の表の目的と裏の目的をそのまま並べただけのものに他ならない。
有識者会議が打ち出した新制度の目的についてはもう一点、「国際貢献」の看板が降ろされていることが指摘できる。技能実習制度において、送り出し国からの人材育成の要請はほとんどフィクションだから、実態に即した修正と言える。技能実習生にしても、その大半は育成を期待して来日しているわけではなく、単なる出稼ぎのチャンネルとして技能実習制度を利用しているに過ぎない。技能実習生としての就労を通じて母国や他国で活用できる技能やキャリアを獲得することは困難だし、わが国で長期的に生活できる道も極めて限られているからだ。
結局、「人材育成」のニーズは受け入れ側(国内の関係各界)にこそ存在する。すなわち、この目的を掲げることによって、①「いわゆる単純労働者は受け入れない」という政府の建前のもとでも非熟練・低賃金の外国人労働者を受け入れることができ、②非熟練・低賃金を理由に家族の帯同を制限することで「いわゆる移民政策はとらない」という政府の立場を貫徹でき、③育成を理由に各人の職場や職種を限定することで外国人労働者の転籍や転職を制限し、人手不足の企業などにおける「人材確保」を実現でき、④育成される立場の外国人労働者の生活や受け入れ先における育成プログラムのサポートなどを理由に監理団体が事実上の人材ビジネスを継続でき、⑤育成する側という立場を維持することでアジア諸国におけるわが国の優位性を信じたい関係者の優越感を満足させることができるからだ。
そもそも「人材育成」を通じた国際貢献を標榜する技能実習制度自体がそういう制度だったわけだが、新制度においてもこの「人材育成」が目的として掲げられる限り、制度の本質は何も変わらないだろう。換言すれば、上述のような技能実習制度の本質を維持するためにこそ、新制度においても「人材育成」という看板が死守されているわけである。
ベトナムの技能実習生の送り出し機関で選抜試験を受ける非熟練労働者。
健康、体力、忍耐、従順のみを求める日本企業のニーズに対応する試験。
(送り出し機関提供)
新制度の本質は技能実習制度と変わらないとして、この機会に改善が望めるポイントはあるだろうか。
筆者はSNS上に在留ベトナム人労働者を対象とする相談窓口を設置し、ベトナム語での労働相談や生活相談を行なっている。2024年1月現在の登録者は約4万人で、毎日30件前後の相談が寄せられている。
相談に対応する中で痛感するのが、非熟練の外国人労働者が来日する場合の語学要件の必要性である。ベトナムからの技能実習生などが来日後に直面するトラブルや労働災害の多くは、職場での指示が解らないなど本人の日本語能力の低さを一因とするものだからである。また、日本語能力の低さは行政機関や支援団体といった救済へのアクセスをも困難にしている。ベトナム以外の国からの労働者についても問題状況は同様だろう。
対策としては、最低限度の日本語能力試験の合格を来日のための要件とすることが考えられる。能力水準に応じて在留期間の延長や家族の呼び寄せを認めるなどすれば、さらなる学習のインセンティブにもなるだろう。
この点、有識者会議の報告や自民党案においては、「来日のハードルを上げると他国との人材獲得競争に負ける」などの理由から、日本語能力を必ずしも来日の要件とせず、来日後の転籍の要件とする方向が示されている。
しかし、日本語能力を来日の要件としないことは、国際化や多文化共生の面できわめて未成熟なわが国社会の受け入れ態勢の現状にかんがみて、外国人本人の安全の面から賛成できない。また、職業選択の自由は基本的人権であることから、来日後の転籍を日本語能力によって制限したり、日本語学習のインセンティブとして利用したりするべきではない。
転職、転籍は、前述のSNS相談窓口においても最も問い合わせの多い事柄の一つに他ならない。技能実習生のいわゆる「失踪」は年間約9千件に及ぶが、合法な転職、転籍が可能であれば、大半はそちらを選ぶだろう。
しかし、有識者会議が新制度の目的として打ち出した「人材確保」とは要するに不人気な職場への外国人労働者の張り付けであり、「人材育成」はそれを正当化するための装置に他ならない。この路線が維持される限り新制度において転職、転籍の制限が大幅に緩和されることは期待しづらいが、転職、転籍の制限による事実上の退職の牽制は技能実習制度の人権侵害性の中核であり、ここを改善できなければ制度改正の意味は極めて乏しくなる。
新制度においては、自己都合退職(労基法附則137条により、1年を超える期間を定める労働契約のもとで就労する労働者は1年経過後はいつでも退職することができる。)の場合でも、日本語能力や技能水準などの要件、あるいは転籍先の職種に関する細かな制限などを課すことなく、転職、転籍を認めるべきである。その上で、転職、転籍にかかる在留資格変更などの手続きをできる限り簡素化、迅速化し、待機期間中の就労もある程度認める必要がある。現状では、たとえ転籍が認められる場合でも手続きに時間がかかりすぎ、その間の就労が禁止されているために合法な転籍を断念するケースが非常に多いからである。
なお、退職者を減らしたいなら、待遇の改善はもちろんだが、まずは来日前に実際の労働条件や生活環境について十分に説明し、しっかり面接をして双方が納得づくで契約することだ。ハローワークなどの公的機関が客観的な情報を提供し、安全で確実なマッチングを行うべきだろう。
給与面で他国に見劣りするようになったわが国が今後も外国人労働者から選ばれ続けたいなら、他国から見たわが国の魅力について考える必要がある。それはおそらく、安全で安心な社会環境や生活環境だろう。一攫千金は無理でも、安全に働け、公平に取り扱われ、安心して暮らせる、そのような環境の中で外国人労働者が家族とともに安定的に生活できるようにすれば、わが国は「選ばれる国」として生き残れるかもしれない。
もちろん、労働条件の改善も重要だ。「人材育成」スキームによる外国人労働者の受け入れは、この国で数十年にわたり進められてきた雇用の非正規化の究極形態といえる。労働者の使い捨てが日本社会に及ぼした影響を直視した、抜本的で長期的な視点に立つ労働政策の改革が求められる。