人権の潮流
2024年1月29日、日本における公権力による人種差別を真正面から問う重要な訴訟が提起された。「人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟|#STOPレイシャルプロファイリング」である(1。
本訴訟提起に至るまでに、近年の日本では、主に2021年以降、人種差別に基づく職務質問であるレイシャルプロファイリングの問題に焦点が当てられるようになった。
2021年1月、東京駅構内で、「ドレッドヘアーは薬物を持つ人が多い」という理由でミックスルーツの男性への職務質問がなされたという動画が投稿され、同動画はメディアでも大きく取り上げられた(2。同年12月には、アメリカ大使館が「レイシャルプロファイリング事案が発生している」とツイッターで警告を出した(3。警察庁の対応でも変化が見られた。例えば、2022年9月13日の記者会見で国家公安委員長は、警察官による職務質問について「法に基づいて行われるものであり、人種、国籍などを理由として行うことは許されない」と述べたという(4。
本稿では、このようなレイシャルプロファイリングに関する動きがある中で、レイシャルプロファイリングの定義及び共通要素並びに日本における実態及び課題等を概説する。
「レイシャルプロファイリング」とは、「警察その他の法執行機関が、人を捜査活動の対象としたり、個人が犯罪活動に関与しているかどうかを判断するための根拠として、いかなる程度であれ、人種、肌の色、世系、又は国若しくは民族的出自に依拠する慣行」(5として理解されるものである。また、レイシャルプロファイリングの共通要素として、(a)法執行当局によって行われるものであり、(b)客観的な基準や合理的な正当化事由によって動機付けられておらず、(c)人種、肌の色、世系、国若しくは民族的出自、又はこれらと宗教、性別若しくはジェンダー、性的指向と性自認、障がいと年齢、移住者の地位、又は就労若しくはその他の地位等の他の関連する理由との交差に基づき、(d)特定の文脈、例えば、出入国管理や犯罪活動、テロリズム、又は法律に違反しているか、若しくは法律に違反している可能性があるとされるその他の活動との闘いにおいて利用されるものが挙げられる(6。
ここで注目されるのは、(b)「客観的な基準や合理的な正当化事由によって動機づけられて」いないという点である。
例えば、「具体的な容疑者と似ている」といった理由や、「被疑事実を裏付けるような物を身につけている」、「凶器を所持している」等といった理由ではなく、「外国人であるから」といった理由で行われる職務質問等は、「客観的な基準や合理的な正当化事由によって動機づけられて」いるとは言えないであろう。実際、「令和3年版犯罪白書(法務省法務総合研究所編)」等を分析した結果によれば、国内の外国人と日本人の犯罪率の間に有意な差はない(7。
このような警察官による人種差別に基づく職務質問は、客観的な基準や合理的な正当化事由によって動機づけられておらず、レイシャルプロファイリングの典型例と言える。
日本におけるレイシャルプロファイリングの実態を知る手掛かりとして、東京弁護士会が行った「2021年度外国にルーツをもつ人に対する職務質問(レイシャルプロファイリング)に関するアンケート調査」(8が存在する。本調査は、日本に在住する外国にルーツをもつ人を対象に、2022年1月11日から同年2月28日までに実施した調査である。同調査は、オンライン上で任意に回答した方が対象となっている。また、調査票の有効回収数は2094通であった。回答者のうち、過去約5年以内に職務質問を受けたことがある人は62.9%にのぼり、うち72.7%の人が複数回にわたり職務質問を受けていた。このデータを民族的ルーツ別に見た場合、中南米(83.5%)、アフリカ(82.9%)、中東(75.6%)と、北東アジアルーツの人たちと「見た目」が異なることの多い民族的ルーツが上位を占める一方、見かけでは容易に外国ルーツと判断されにくい特徴を有する北東アジアルーツの人たちは最も低い50%であった。
また、警察官の質問や態度についての実態も可視化された。回答者の約70.3%の人が警察官の質問・態度で気分を悪くした経験があると回答していた。自由記載においても、「失礼な態度」「不快」「不愉快」「タメ口」「高圧的」「横柄」等の記述が一定程度見られる。例えば、下記のコメント等が見られた。
このような実態を踏まえ、2023年5月より、STOPレイシャルプロファイリングという任意団体が行っている「人種差別的な職務質問の改善を求めます#STOPレイシャルプロファイリング」の署名活動では、警察官への研修に関して当事者の話を聞くことを含めた人種差別に関する定期的な必修研修の実施や、現在行っている具体的な研修方法等を明らかにすること等を求めている。また、研修の他にも職務質問の事後的な検証のために職務質問の対象者の属性や警察官の対応等を記録することやレイシャルプロファイリングに関するガイドラインの策定を要請している(9。
このようなレイシャルプロファイリングに反対する動きもある中、「人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟」が提起された。本訴訟では、警察による職務質問についてのレイシャルプロファイリングの運用が違憲・違法であると考え、国や都道府県に対して、①レイシャルプロファイリングによる差別的な職務質問についての国家賠償請求、②レイシャルプロファイリングによる差別的な職務質問運用についての違法確認請求、③レイシャルプロファイリングによる差別的な職務質問運用の是正について国の指揮監督義務があることの確認請求を行っている。
本訴訟は、公共訴訟の支援に特化したプラットフォームCALL4のサイトよりクラウドファンディングを行っている(注1参照)。勇気を持って声をあげた原告を支え、日本に住む外国ルーツの人たちが安心して暮らせる社会を実現するためにも、是非多くの方にこの裁判の動向を見守って頂きたい。
注: