MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.176(2024年07月発行号)
  5. 気候危機は命と人権の危機

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.176(2024年07月発行号)

人として♥人とともに

気候危機は命と人権の危機

三輪 敦子(みわ あつこ)
ヒューライツ大阪所長

 前号のこのコラムでもお伝えしたように、2023年の地球の平均気温は史上最高を記録し、世界気象機関の発表によれば、産業革命前と比較して1.45±0.12度の上昇となりました。2015年の気候変動枠組条約締約国会議(COP15)で採択されたパリ協定が掲げた「産業革命前と比較して気温上昇を1.5度以下に抑える」という目標は既に危機に瀕しています。

 世界気象機関の「2023年の地球の気候の状況レポート」は、温暖化を示すデータとして、気温上昇に加え、海面水温の上昇と海洋酸性化、南極の海氷減少、氷河の縮小を指摘しています。そして、熱波、豪雨、洪水、干ばつ、急速に発展する熱帯低気圧が頻発しているとし、それらが社会経済的損失、貧困・飢餓の悪化、保健医療の後退、環境劣化等に結びつくことについて懸念を表明しています。これらは、女性、少女、障害者、移住者、先住民族等、脆弱性を抱え周縁化されがちな人に最も強い影響を及ぼします。

 気候危機が、特に「途上国」の女性に対し、どのような影響を及ぼすかについてまとめた国際NGO、オックスファム(Oxfam)の冊子を参考に考えてみたいと思います。

 バングラデシュに暮らすクルスムは、洪水により、これまで20回以上も住む家を奪われてきました。2022年の洪水では住んでいた家が完全に破壊され、ブリキの屋根しか手元に残りませんでした。財産と呼べるものは彼女には全くありません。2022年以前には半年に一度程度は肉が食べられましたが、今は1年に一度になっています。過酷な暑さのなかで農作業をおこなうのは容易ではなく、作物の生育も芳しくありません。洪水後に移住した場所は、これまで人が住んでいなかった人里離れた場所であり、医療へのアクセスは非常に困難です。

 洪水は農業と食料生産に深刻な影響を与えますが、バングラデシュの女性は他の家族の食料確保を優先する社会規範と権力構造のなかで生きてきているので、最後に残り物ですませることになり、そのことが栄養失調につながります。男子を優先する文化は少女の栄養状態の悪化にも結びつきます。バングラデシュの北部で洪水後におこなわれた調査では、91%の女性が栄養不良を訴え、54%の女性が衰弱していると答え、25%の女性がめまいを訴えました。ケア責任と雇用機会の少なさが女性の脆弱性を強化しています。

 気候危機と災害のための移動は一時的移動、季節的移動、一定期間ごとの移動、あるいは恒久的な移動と様々な形がありますが、女性と少女が避難所やテントで暮らす場合、暴力の危険にさらされる危険が増すことが多くの報告から明らかになっています。

 「途上国」では、法的な土地所有権がないまま長年にわたり居住し生計を立てている人々も多く、被災後に政府から移住するよう言い渡される場合、元々住んでいた土地への権利を保障されるかどうかの見通しが立たない場合が多々あります。住む家と生計手段を失っただけではなく、将来の見通しが全くたたないまま、強制的な移住を余儀なくされることになります。

 また、生活再建のためのお金が必要な被災者に対し、地域の裕福な有力者などが高い利息でお金を貸す場合、被災者は多額の債務に苦しめられることもあります。災害後に奴隷的労働や債務労働といった形の搾取にさらされる人が増えるという現実があります。

 気候危機は、命を奪うという意味で生命に対する権利の危機であり、食料、住居、健康に対する権利等、多岐にわたる人権の危機であることを改めて痛感します。そして、それらの危機は、女性と少女、障害者、先住民族等、周縁化されがちで脆弱性を抱えた人により大きな影響を及ぼします。

 世界気象機関は、2024年6月6日、世界の1年間の平均気温が今後5年以内に産業革命前と比べて1.5度以上に上がる確率は80%と発表しました。それを受けて国連のグテーレス事務総長は、気候変動対策の一環として、化石燃料業界の広告掲載を禁止するべきだと発言しました。1850年以降に排出された世界のCO2の92%は「先進国」によるものだとされており、現在の地球温暖化を引き起こしてきた責任のほとんどは「先進国」にあります。しかし現在の気候危機から甚大な影響を被っているのは、小島嶼開発途上国を始めとする「途上国」です。気候正義という観点に立ち、地球に暮らす全ての人の人権と生活を守るための大胆な変革が必要であり、そのために残されている時間はどんどん少なくなっています。


<参考>