特集:原子力発電所事故から13年
2011年3月11日に東京電力福島第一原子力発電所での事故発生から、本稿執筆時点の2024年時点で13年以上が経過した。時間の経過とともに事故とその被害の不可視化が進むと同時に、原発再稼働・再活用政策が日本政府によって進められている(1。
日本国内のニュースをみていると、原発事故に関してはどのように廃炉を進めるのか、または汚染水の「処理」とその後の海洋放出問題、放射性廃棄物の処分方法など、「技術的な問題」として語られがちである。ところが、国際連合(国連)の人権機関における議論では、「原発事故被害者の人権を脅かす問題」として議論が続けられてきた。
加盟国における人権問題を専門的に扱う国連人権理事会では、原発事故被害者の健康に対する権利や、原発事故避難者の自己決定権を尊重すべきであるとの見解が、繰り返し他の加盟国から日本政府に対して表明されてきた。2017年の同理事会における日本に関する第3回(2017年)ならびに第4回(2023年)の普遍的定期審査(UPR)に際しては、表に示した通り、複数国から関連した勧告が行われているが、本稿にとって最も関連性が高いのは2017年のポルトガルによるによる勧告であった。「福島第一原発事故の全ての被災者に国内避難民に関する指導原則(2を適用する」ことを求めたこの勧告に対して、日本政府は回答として最も積極的な表現である「フォローアップすることに同意する」と述べている。
ここで取り上げられた「国内避難民に関する指導原則」とは、国連人権理事会の前身にあたる国連人権委員会の要請を受けて作成され、1998年に同委員会が採択した原則である。法的には非拘束的な国際文書であるが、その後2005年の国連総会決議「サミット成果文書」第132段落において、加盟国は「国内避難民に関する指導原則を、国内避難民の保護のための重要な国際枠組みとして認識すると共に、国内避難民の保護を増加させるための効果的な方策をとることを決意する」ことを表明している。
以上のように、原発事故によって発生した避難者は、国際的な用語に当てはめれば「国内避難民」となり、上述した指導原則のもとでの権利保障が必要であると認識されているのである。
表 普遍的定期審査時の勧告への日本政府による回答
第3回普遍的定期審査時の勧告 (2017年11月) |
日本政府による回答 (2018年3月) |
161.214 福島の高放射線地域からの自主避難者に対して、住宅、金銭その他の生活援助や被災者、特に事故当時子供だった人への定期的な健康モニタリングなどの支援提供を継続すること。(オーストリア) | フォローアップすることに同意する。 「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」などに基づき, 必要な支援を行っている。また, 福島県は, 県民健康調査などを行っている。 |
161.215 男性及び女性の両方に対して再定住に関する意思決定プロセスへの完全かつ平等な参加を確保するために、福島第一原発事故の全ての被災者に国内避難民に関する指導原則を適用すること。(ポルトガル) | フォローアップすることに同意する。 我が国は指導原則の趣旨は尊重しており, 男性及び女性のプロセスへの参加を確保すべく尽力していく。 |
161.216. 特に許容放射線量を年間1ミリシーベルト以下に戻し、避難者及び住民への支援を継続することによって、福島地域に住んでいる人々、特に妊婦及び児童の最高水準の心身の健康に対する権利を尊重すること。(ドイツ) | フォローアップすることに同意する。 |
161.217. 福島原発事故の被災者及び何世代もの核兵器被害者に対して、医療サービスへのアクセスを保証すること。(メキシコ) | フォローアップすることに同意する。 我が国においては, 国民皆保険制度により, 何人も医療サービスへのアクセスが保障されている。また, 広島及び長崎における原子爆弾の被爆者に対しては, 原子爆弾被爆者援護法に基づく追加の支援を実施している。( なお,原子爆弾の被爆二世については, 原子爆弾の放射線による遺伝的影響があるという科学的知見は得られていないため, 被爆者と同様の支援を検討することは考えていない。) |
第4回普遍的定期審査時の勧告 (2023年2月) |
日本政府による回答 (2023年7月) |
158.299 福島原発事故による避難者を国内避難民として認識し, 住居, 健康, 生活と子どもの教育を含む避難者の人権を確実に保障すること。(オーストリア) | 部分的にフォローアップすることに同意する。 我が国の立場は、政府報告で述べた通りである(第90段落)。日本政府は、住宅やその他の支援などの避難者の人権保護のために必要な措置を講じてきている。 |
158.300 強制や経済的ひっ迫を受けることなく, 福島原発の近郊に人々が帰還する前に, 国内避難民の安全, 健康と権利に関するさらなる科学的エビデンスを明らかにすると同時に, それらを提供すること。(バヌアツ) | フォローアップすることに同意する。 |
出所: 外務省「UPR 第3 回日本政府審査・結果文書(仮訳)」.
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000346504.pdf、. UN.Doc. A /HRC/53/15, A /HRC/53/15/Add.1.(2023年第4回審査に関する文書の翻訳は筆者による。)
「国内避難民」である原発避難者の人権状況を調査するために、2022年に国連人権理事会は「国内避難民の人権特別報告者」を日本に派遣し、現地調査を行っている。その結果をまとめた報告書が2023年に公開された際に、最も注目を集めたのが以下の指摘であった。
特別報告者は、国内避難民がその生命や健康がリスクにさらされる恐れのある場所に不本意ながら帰還することを予防する対策がとられないまま、公的な住宅から国内避難民を立ち退かせることは、国内避難民等の権利の侵害であり、いくつかの事例では強制退去に相当すると考える。公的な住宅を必要とし続けているのは、他の場所に引っ越す手段をもたない世帯が主であることから、立ち退かせることは貧困とホームレス化の可能性、または放射線による被ばくや基本的なサービスの欠乏が懸念されるにもかかわらず避難元のコミュニティに帰還するか、のいずれかの選びようのない選択を迫ることになる(報告書第69段落。翻訳は筆者による)。
原発事故による福島県からの避難者数(福島県内の他の地域への避難者を含む)は、登録されているだけで、最も多かった2012年5月時点には16万4,865人にのぼった(3。このなかには、政府による避難指示が出されたために強制的に避難を強いられた「避難指示区域内避難者」に加えて、避難指示が出なかったものの、汚染を受けた地域から避難をせざるをえなかった「避難指示区域外避難者」も含まれている。
ところが、事故から6年経った2017年3月には、日本全国に離散していた「区域外避難者」への数少ない支援策であった住宅支援が打ち切られ、多くの避難者が追いつめられることになった。避難によって仕事や家族、安定した生活を失った人々や、心身に不調を抱える人々など、困難を抱えて引っ越しができない世帯であっても、支援策として入居を許されていた公務員住宅等からの立退きが求められただけでなく、他の選択肢がなく居住を続けた世帯には家賃の2倍が請求されたのである。
さらには福島県が、入居を続ける避難者世帯を相手どって「立退き訴訟」を起こすに至っている。東京都への避難者の事例では、2022年に出された福島地裁判決では被告となった避難者の主張は認められず、翌2023年7月の仙台高裁での控訴審では、第1回審理のみで即日結審とされ、再び避難者側が敗訴している。本来であれば困難を抱えた住民の支援を担う行政が、追いつめられた避難者を訴えるという事態を重く見た特別報告者が、「権利の侵害(violation of their rights)」という強い表現を、102の段落から成る報告書のなかで唯一使用したのが、この段落だったのである。
立ち退くことができない避難者に対して、「支援の打ち切りを受けて立ち退いた人もいる」「他の人は自立して頑張っているのに、かえって不平等ではないか」という意見が寄せられることがある。しかし報告書全体を読むと、一部の人々を特別扱いするべきという議論ではなく、自ら帰還を選択しない避難者が存在するうちは、避難指示区域内外の区別なく避難継続を希望する避難者全員に対して、今後も支援を継続することが避難者の権利の保障であることを明確に示している。
被害が長期化している原発事故後の人権保障とは、避難を続ける人、帰還した人、事故後も居住を続けた人、福島県外の汚染を受けた地域の人、いずれの立場の人に対しても政府は必要な支援を長期間続けること、そしてその際には被害を受けた当事者の自己決定権を尊重することによってはじめて可能になる。特別報告者の訪日調査自体も、多くの市民の働きかけによって実現するに至った。厳しい状況にあるからこそ、国際人権法にその根拠をもつ権利の保障を日本政府に対して引き続き粘り強く求めていくことが、いま求められているのである。
<脚注>