人権の潮流
1960年代以降、50年以上にわたり紛争が続くコロンビアでは、2016年に左翼ゲリラ組織のコロンビア革命軍(以下FARC)とコロンビア政府の歴史的な和平合意が締結された。しかし、それ以降も、元FARC構成員の社会復帰・社会統合が進まず、元FARC構成員への脅迫、誘拐、殺害など直接的な暴力が後を立たない。本稿では、NGOアクセプト・インターナショナルが開始したコロンビアの元FARC構成員を対象とする社会復帰事業プロジェクトについて紹介する。
和平合意締結から2024年8月までに計397人の元FARC構成員が暗殺されており、元構成員の多くは地域社会の人々との関わりに恐怖や不安を覚えている。こうした状況は、FARCをはじめとする武装組織との紛争が発生した要因でもある政治・社会的な格差を助長し、人々が社会に居場所をなくし再び暴力に加担してしまうリスクを高めることにも繋がっている。すでに一部の元FARC構成員達は、FARC disidentesと呼ばれる複数のグループを形成し、政府や治安部隊への攻撃・麻薬取引などの暴力行為を行っている。こうした細分化して分散した新組織による犯罪の報道が加速し、政府軍との衝突も増えていることから、国民の感情も内戦時代から変わらず、元FARC構成員への反感も助長し、国民の意見が二分している原因となっている。
2016年のコロンビア政府とFARCの和平合意締結によりFARCは合法な政党となり、合意に賛同した元FARC構成員は武装解除を完了し社会復帰プロセスに移行した。しかし、これまでに14,000人以上の元FARC構成員が武装解除し社会復帰プロセスに参画しているが、多くの人々が自立的に生活することができていない。
元FARC構成員の社会統合の準備を促すために、社会復帰キャンプが設立され、政府機関Agency for Reincorporation and Normali-zation(ARN)によって管理・運営されている。このキャンプに住んでいるのは、元FARC構成員のうち約2割の2千4百人弱だと言われ、生活支援金として毎月支払われる生活手当(国内の最低賃金の90%、月額4万3千円程度)で生活を成り立たせているケースがほとんどであり、就業や起業や教育を受ける機会から取り残されている。
社会復帰キャンプの多くは地方都市の中心地から数時間程度離れた山奥などに位置していることも多く、現地の地域コミュニティからも隔絶された生活を送り経済的・社会的にも脆弱な状態に置かれている。最初の2年のみ居住する一時的な居住地として設立されたものであるため、多くの場合、建物の建付けが弱く和平合意から6年以上が経つ中で劣化が見られる。
元FARC構成員の社会統合の困難さは、コロンビア国内における人々の間での和解の難しさも大きく影響している。社会復帰キャンプで暮らす場合は、その周辺の地域社会から差別を受けるケースや、都市部では生活や就職における差別に苦しむケースも多い。
困難を極める状況の中、いくつか元FARC構成員が生きる場を得られる事例が出てきているので、3つ紹介する。
元FARC構成員であるカルロス・アルベルト氏は、11年の刑務所生活を終えて、トリマ州イコノンソのアントニオ・ナリーニョの社会復帰キャンプで他の元FARC構成員への支援を始めた後、カルロス・アルベルト氏の旧友であるアイルランド出身のコロンビア人のウオーリー・ブロデリックがビール事業を提案した。
元FARC構成員たちは、内戦時代、ジャングルの中で活動していた際には、飲み物を飲む時間が非常に少なかったという。例えば、大晦日のような特別な日を除いて、飲酒は事実上禁止され、ビールではなく、グアラポ、チチャ、チリンチといったローカルな発酵飲料だけだった。そのため、元構成員たちは最初はビールの生産方法に懐疑的だったが、予想以上に簡単に生産できるレッド・エールを選択したことで、発酵時間を短縮できる生産方法を採用した。
2018年にソーシャル・ネットワーク(SNS)を活用した販売方法が功を奏し、受注が伸び、2024年の今では首都ボゴタに店舗を構え、コロンビア国内で最も有名な元FARC構成員が生産したクラフトビールブランドとして成長している。
カケタ県のアグア・ボニータという社会復帰キャンプは、2017年から300人以上の元FARC構成員が住んでいる。このコミュニティでは、強固なリーダーシップが発揮され、地域住民との間で、社会経済開発イニシアティブを形成したことで知られている。7年経ち、社会復帰キャンプというよりは、町になった。商店、スーパーマーケット、仕立て屋、靴工場、観光業者、レストラン、図書館、児童教育センター、ホテル、耕作地、そして元戦闘員が運営する地雷撤去の訓練基地もある。最初はパイナップルの生産から始め、その後、国からの資金で家畜零細企業、靴工場、サッカー場、観光業を開始した。パイナップルに関しては、外部へ販売するには生産可能な土地を拡大する必要があるが、観光業では、農業を学ぶアグロツーリズムや水文学や紛争の記憶を辿るようなコース、アートフェスティバルのツアーも人気だ。
このリーダーシップの影には、和平合意に対するコミットメント、集団的な領土開発を進めることへのコミットメントが強いことが、強固な基盤としてあり、その上で、農民の知識や技能という地域的な社会的・文化的資本を得たことで、コミュニティの開発につながったと言われている。
カケタ県フロレンシア市で、コロンビア人と外国人向けに大自然の中でアウトドアを楽しむエコツーリズム事業を展開する経営者は、元FARC構成員をガイドに起用するツアーや彼らが生活する社会復帰キャンプを訪問するツアーを企画している。カケタ県で生まれ育った彼は、自治体の長をしていた父親が仕事を通じてFARC構成員と接触したことは知っていたが、彼自身が普段の生活で接触する機会はなかったと言う。元FARC構成員に対し「罪なき人々を長年殺害してきたのだから、人間の心を失っているに違いない」と思っていたそうだ。しかし、5年前に、元FARC構成員がガイドとして働くアウトドアツアーに参加し、彼らが涙を浮かべている姿を見てから、「元FARC構成員の彼らも、まだ人間だったのか」と考えが変わり、政府が進める社会復帰・社会統合に民間企業として協力するようになった。こうした事業に賛同する英語ボランティアを雇うことで、国外からのツアー客の集客を進めている。
アクセプト・インターナショナルは、2022年末に実施した事前調査時から、コロンビアにおいて元FARC構成員の社会復帰プロセスを主導する政府機関と協働している。平和構築のプロセスにある紛争影響地域では、紛争に巻き込まれた犠牲者やその家族に対する支援が優先され、元加害者への支援は二の次にされることが多い。だからこそ、私たちは加害者と言われる立場だった紛争の犠牲者にあえて着目している。
これまでにイエメン、ソマリア、ケニア、インドネシアなどで元「テロリスト」や受刑者向けに実施してきたケア・カウンセリングや職業訓練の経験・ノウハウを活用する。今回の事業では、上記の事例の近隣の社会復帰キャンプを対象にしている。アマゾン流域の熱帯雨林気候の肥沃な土地に囲まれた資源豊かな土地ではあるが、立地やキャンプにたどり着いた経緯、コミュニティのリーダーの性格など、特徴が全く異なる状況である。そのため、難易度が高いが、アクセプトでは、日本の本部と、今回立ち上げたコロンビア支部が連携し、元FARC構成員たちとの協業経験が豊富なコロンビア人スタッフと共に体制を組み、プロジェクトを実施していく。(プロジェクトの進捗に関しては、是非、アクセプト・インターナショナルからの今後の発信に注目していただきたい)