人権教育は今
2022年、子どもの自殺数は514人と最多の数字を記録したが、2023年も513人と高止まりしている(内訳は小学生13人、中学生153人、高校生347人)。自傷行為も増加し、低年齢化していることが問題になっている。
しんどい思いをしている子どもたちほど、誰かに助けを求めることができないことは子ども支援にかかわっている人の多くが口にすることである。2023年12月に策定されたこども基本法にもとづく「こども大綱」の策定過程で、聴取した子どもの意見の中で「もっと相談しやすくなるような取り組みをしてほしい」というものがあり、こども大綱に相談窓口の整備が盛り込まれた。
しかし、子どもが自分に相談する権利があることを学校で教わっていなければ、困難な状況に置かれている子どもたちは相談できず、孤立することが多い。子どもの権利条約を日本政府が1994年に批准して以来、政府には、子どもの権利条約を広報する義務が生まれたにもかかわらず、学校でも市民一般にも広く普及されてこなかった。その結果、権利を知らされていない子どもたちの多くが、権利侵害に遭ったとき、それが権利侵害と認識できず、また、声をあげられていない。
そのような社会で貧困家庭の子ども、ヤングケアラー、海外ルーツの子ども、難民の子ども、性的マイノリティの子ども、アイヌや被差別部落の子ども、障害を持つ子ども、いじめに遭った子ども、虐待された子ども、性暴力に遭った子どもたちは泣き寝入りしたり、諦めたりしてきた。特に性暴力の被害にあった子どもの多くが自分を責めてしまい、誰にも相談できずに何年も被害を受け続けている。
子どもが権利を学ぶ機会を与えられ、苦しい状況になったときに、それは権利侵害であり、権利侵害を解決するのはおとな(政府・自治体など)の責任だと考え、権利の回復・実現を主張できるようになることが「子どもの権利アプローチ」である。
しかし、おとなや周囲が子どもの権利を理解していなければ、不当な扱いを受けたり、傷つけられたりするため、子どもが声をあげることはリスクでしかなくなる。LGBTのことを教員が理解していなければ、さらに傷つく対応をとられたり、いじめた子どもの側についてしまうことさえある。声をあげた子どもが「◯◯のくせに」と冷たいまなざしを受けることもあるだろう。それは、子どもの主張する権利についてきちんと学ぶ機会がなかったからだ。
それに対して、子どもの権利を知っている子どもとおとなは、子どもの権利を知らない子どもとおとなと比べ、子どもが直面する問題を自己責任と考えず、社会的な問題と考えられるようになる。セーブ・ザ・チルドレンの子どもの貧困に関する意識調査(2019年)によると、子どもの権利条約をよく知っている人は、子どもの権利条約を知らない人よりも、子どもの貧困を解決すべき人として「保護者」よりも「国や自治体」と答えた人の割合が高くなる。
「日本における子どもの貧困は誰が解決すべき問題だと思いますか?」という問いに対し、「国や自治体」を選んだ人が大人全体の65.2%に対して、子どもの権利条約をよく知っている大人は、73.4%、子どもは70.7%であった。それに対して「保護者」を選んだ人は、大人全体が21.2%であったのに対し、子どもの権利条約をよく知っている大人は11.2%、子どもは8.3%であった。(1
このように、子どもの権利を学ぶと、子どもが直面する問題は、本人や家庭など自己責任ではなく、構造的な問題であり、責務履行者である国や自治体が解決すべきだと認識できるようになる。
日本は、国連子どもの権利委員会から繰り返し子どもの権利アプローチをとるように勧告を受けてきた。2023年にこども基本法が施行された今こそ、このアプローチをすべての場所で行っていくことが求められている。
国連子どもの権利委員会が勧告したもう一つの大事な点は、マイノリティの子どもへの差別であり、それを解消するための差別禁止法の制定である。そして、差別に遭っている子どもも諦めずに「差別されない権利」を主張できるようになるための人権学習が重要である。様々な背景をもつマイノリティの子どもたちは、差別を恐れ、自分のアイデンティティを隠したり、帰化をせざるをえないと追い込まれたりする。しかし、人権学習や学校運営により、クラスメイトが人は誰も差別されない権利があることを学び、差別は決して許せないことだという意識を持った環境であれば、自分のルーツや属性を話しやすくなる。
子どもが「みんなちがっていい」という多様性の大切さや、多様性が尊重されてこそが豊かな社会だということを学ぶことの方が、みんな同じ格好を強いる校則によって生活指導することよりはるかに大切ではないだろうか。2022年12月に改定された生徒指導提要(2に初めて子どもの権利が盛り込まれた。そして、生徒指導とは、「社会の中で自分らしく生きることができる存在へと児童生徒が、自発的・主体的に成長や発達する過程を支える教育活動」と定義された。今後は、生徒を指導するのではなく、学校運営においても生徒とのかかわりの中で権利を実現し、エンパワーする支援が教員に求められているといえる。
校則の見直し・撤廃についての研究者である内田良さんによると、校則撤廃を検討する際に教員は秩序が乱れることを最も懸念するそうだが、これまで校則を撤廃して秩序が乱れた学校はないことを調査結果が示している(3。
多様性を認める校則に変更するだけでなく、思いやりを説く道徳ではなく、自分の権利を認識し、NOと言えるようになること、直接の加害者だけでなく傍観者も加害者になることを考える人権教育が必要である。つまり、マイノリティの子どもが不当な扱いを受けているのを見たときに人権侵害と認識でき、それに対して行動を起こせるアクティブ・バイスタンダー(行動する傍観者)になる方法を学べるようにすることである。
筆者が代表理事をつとめる国際子ども権利センター(C-Rights)では、2年前に『世界の子ども権利かるた』を学生と制作し、子どもたちだけでなく、教育委員会や民生児童委員、自治体職員、子ども条例をつくろうとしている市民団体などを対象に「かるたワークショップ」を実施している。
かるたには、ありのままに生きる権利、差別されない権利のほか、子どもの相談する権利、子どもたちが集まって話し合うとパワーが生まれ、社会問題の解決を訴えることができることなどを盛り込んでいる。そして、かるたで遊んだあとは、自分の思いを伝えるオリジナルかるたをつくってもらっているが、子どもたちのメッセージからは、いつもはっとさせられたり、感心させられたりしている。
以下はその一部である。「じ 自分の道は自分で決めたい」「し しつこいよ おとなの気持ちおしつけないで」「お おとなの言う事を絶対きかないといけないの?」「よ 容姿くらい好きにさせてよ 授業に関係ないでしょ」「い いつまでも常識が通じると思うなよ」
また「かるたで学んでこれからの生活に生かしていきたいこと」としては、以下のような声が聞かれ、子どもたちが権利を知り、エンパワーされているのがわかる。
写真キャプション:『世界の子ども権利かるた』
(甲斐田万智子監修、合同出版、2022年)
こども基本法が施行されてから、教育委員会や校長会などで子どもの権利を学ぼうとしている人びとが増えているが、研修等を受けて一つでも多くの学校で子どもの権利学習がされることを願っている。そして、各自治体が子どもの意見を聴きながら子ども計画を策定することも期待したい。
<脚注>