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国際人権ひろば No.178(2024年11月発行号)

人として♥人とともに

多国間主義の危機は国際人権保障体制の危機

三輪 敦子(みわ あつこ)
ヒューライツ大阪所長

 2024年9月、国連は総会に先立ち未来サミットを開催し、「未来のための協定(Pact for the Future)」を採択しました。残念ながら日本ではあまり報道されず、注目度は低かったように感じます。

 未来サミットが開催された背景にあるのは現在の世界における国連の役割と貢献に関する強い危機感です。国連の活動には三本の柱、すなわち「平和・安全保障」「人権」「開発」がありますが、2030年が達成期限であるSDGs(持続可能な開発目標)は、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行もあって、貧困人口の減少や児童婚の根絶を始め、少しずつ積み上げた進展が帳消しになりました。気候危機にも十分に対応できておらず、 「産業革命時に比較して世界の平均気温の上昇を1.5度未満に抑える」という目標の先行きは見通せません。

 そのような状況を踏まえ、2021年の国連事務総長報告「私たちの共通の課題(Our Common Agenda)」で開催が提案されたのが未来サミットです。「私たちは歴史の転換点にいる」という言葉で始まる報告書は「選択は我々の手にかかっており、このチャンスは二度とは訪れない」と述べ、現状と未来への危機感を露わにしています。

 同報告は、国連を中心とする多国間主義の成果として以下の諸点を挙げています。


  1. 第三次世界大戦や核による大量殺戮は発生していない
  2. 世界人権宣言と様々な人権条約が採択されてきた
  3. モントリオール議定書によりオゾン層破壊物質が激減した
  4. ワクチン接種により天然痘を根絶した
  5. 女性国会議員が増加した


 これらを改めて認識し、「豊かな国がワクチンを独占することによる感染症の世界的大流行の再発生」「気温上昇が2度を超えることによる激甚災害の多発、永久凍土の喪失、海面上昇」「格差と不平等の拡大による社会の不安定化」等に対応し永続的危機を避けなければ未来はないと強調し、そのためにも多国間主義の価値を再確認する必要があると説いています。

 未来サミットは、ウクライナ、パレスチナ・ガザ地区、そしてスーダンにおける武力紛争という多国間主義をさらに脅かす状況のなか開催され、成果文書として「未来のための協定」を採択しました。協定は、①持続可能な開発と開発資金、②国際の平和と安全保障、③科学・技術イノベーションとデジタル協力、④ユースと将来世代、⑤グローバル・ガバナンスの変革の5分野にわたる56の行動から構成されています。

 人権については、前文で「この協定のすべての約束は、人権法を含む国際法と完全に合致している」とし、「国内および各国間の不正義と不平等を是正するためには人種や民族に基づく差別を始めとするすべての差別と闘う必要がある」とし、「全ての目標達成には、女性の政治と経済への安全で平等で意味ある参加と代表が必要不可欠」と述べています。また、「人権の享受に貢献する形での科学技術イノベーション」にも触れています。

 協定採択に向けた討議の冒頭、ロシアは25項目におよぶ修正提案とともに協定採択に反対を表明しました。提案への動議が投票にかけられ、ベラルーシ、北朝鮮、イラン、ニカラグア、スーダン、シリアがロシアに同調したもののロシアの提案は退けられ、その後、協定は採択されました。ロシアは草案策定プロセスを強く非難し、「国内問題への他国の不干渉」を強調し、「軍縮」「性と生殖に関する健康と権利」「ジェンダー平等」「人権保護」「市民社会/NGOと国連とのパートナーシップ強化」等に反対したと報じられています。最後の点に関し「国連人権高等弁務官事務所の活動へのNGOの参加」に異を唱えていることには強い懸念を感じます。

 ホロコーストの苦い経験を踏まえ、国連は人権保障を国際課題と位置付け、活動の柱の一つとしてきた歴史があります。そして各国内の人権状況を正しく理解するには市民社会/NGOの関与が不可欠です。「国内問題への他国の不干渉」という主張は、移民への対応を契機としてアメリカやハンガリーで強まっている自国/自民族ファーストの主張とも強い親和性があります。イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリアといった国々で、移民排斥を掲げる極右政党が躍進し、国会や地方議会で第一党の地位を占める状況も生まれています。こうした自国中心主義が多国間主義の後退を加速させるなら、国際人権保障体制の危機も目の前なのではないでしょうか。

 協定は前文で「私たちは多国間主義の新たな始まりを誓う」と述べていますが、その成否は加盟国の意思にかかっており、前途は極めて多難です。国際人権基準の発展による成果や進展を改めて理解し、国際人権保障体制への信頼と実現を後退させない必要があります。


<参考>
国連「未来のための協定」を採択(国連プレスリリース日本語訳)
https://www.unic.or.jp/news_press/info/50928/
https://www.theguardian.com/world/2024/sep/22/russia-isolated-at-un-summit-after-surprise-bid-to-derail-pact