MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.178(2024年11月発行号)
  5. ネット上の部落差別撤廃にむけた裁判闘争と被害者救済制度の課題

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.178(2024年11月発行号)

特集:ヒューライツ大阪30周年 「様々な人権課題の解決のために」(その2)

ネット上の部落差別撤廃にむけた裁判闘争と被害者救済制度の課題

髙橋 定(たかはし さだむ)
部落解放同盟大阪府連合会書記長

 はじめに

 2016年12月、「部落差別の解消の推進に関する法律」(部落差別解消推進法)が成立した。この法律は目的の第一条において、「現在もなお部落差別が存在する」と部落差別の存在を公式に認知するとともに、「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じていることを踏まえ」と今日的にインターネット上やSNS上で被差別部落に対する誹謗中傷や差別情報が氾濫していることが、この法律が制定された大きな立法事実、すなわちバックボーンとなっていることを明記した。

 しかしながら「部落差別解消推進法」はあくまで理念法であり、被害者救済や差別の禁止規定がないため、ネット上における部落差別を助長する情報はいまだ野放しの状態にある。2024年5月に「情報流通プラットフォーム対処法」が成立し、大手プラットフォーム事業者に対して削除要請窓口の明確化や対応、基準作りを義務化、一年以内に施行することとなっており、一定、部落差別情報の削除に資することが期待される。

 現在、部落解放同盟としてネット上の部落差別情報の削除にむけ2つの裁判闘争に取り組んでおり、以下、その概要・意義と人権侵害救済法や差別禁止法の制定にむけた歴史的経過について述べる。

 「全国部落調査」復刻版出版差止請求裁判闘争

① 裁判闘争の概要

 「全国部落調査」復刻版出版差止請求裁判とは、2016年に鳥取ループが設立した出版社「示現舎」による、1935年に内務省の外郭団体が行った「全国部落調査」の報告書(全国の部落の所在地・地名リストと各地域のデータ等が記され、1975年に発覚した部落地名総鑑の元になった資料)の復刻出版と、「部落解放同盟関係人物一覧」(同盟員・関係者の住所、電話番号、役職、SNS等の個人情報リスト)の電子版の出版差止と公表・利用禁止、および人格権侵害等に対する損害賠償を求めた裁判である。2023年6月28日、東京高裁は控訴審判決で「差別されない権利」を認めた。しかし、原告がいないとの理由で差止が認められなかった都府県が存在するなどの課題が残ることから最高裁に上告中である(被告も上告)。

② 東京高裁判決の内容と意義

 控訴審判決では一審判決に引き続き「全国部落調査」の差止等を認め、その範囲も25都府県から31都府県に拡大、損害賠償も増額し、総額約550万円を命じた。

 この判決の意義として、第一に被告である鳥取ループ・示現舎の「部落を公表すれば差別はなくなる」という主張を一蹴したこと、第二に被差別部落の出身を理由に理不尽・不合理な理由に基づく不当な扱い(差別)が、それを受けた者のその後の人生に与える影響の甚大さを認定したこと、第三に被差別部落の出身であること、およびそれを推知させる情報の公表も人格的な利益を侵害すると認定したこと、第四に憲法13条の幸福追求権、14条の法の下の平等をふまえ「差別されない権利」を認めた画期的な内容となったことがあげられる。

 「部落探訪」削除裁判闘争

① 裁判闘争の概要

 鳥取ループ・示現舎は、全国各地の被差別部落とされる地域に「潜入」し、被差別部落名や所在地を明示し、所在地や特徴が一目でわかるような写真を撮影し、その場所をレポートをする「部落探訪」と称するページをネット上で公開してきた。現在は「人権探訪」、「曲輪クエスト」と名称を変更し、YouTubeで公開していた動画については「JINKEN.TV」として有料会員制で配信している。

 被差別部落の地名、建物、風景等の画像を説明文とともに掲載し、住民の承諾のないまま、地域の家屋の表札や当該地域住民の所有と思われる自動車のナンバープレート、墓地を撮影し、その地域に多い「姓」の特徴を述べたり、放置車両・廃屋・投棄物などを撮影して部落=怖い・環境が悪いというイメージをかきたてたり、団地など住宅の特徴を述べたりする投稿を繰り返し行っている。身元調査や土地差別にもつながる重大な人権侵害行為であり、部落解放同盟の抗議や法務省による削除要請について無視し続けていることから、同盟としてこの「部落探訪」の書き込みや類似・転載する情報の削除と損害賠償を求める裁判闘争を開始した。2023年11月に大阪地裁に仮処分申請、2024年5月に仮処分決定、7月に本訴、2023年12月に埼玉、2024年1月に新潟で訴訟をおこしている。

② 部落解放同盟が原告となる背景

 被告である鳥取ループ・示現舎のMは、原告に対する執拗な晒し行為や個人攻撃を現在も行っており、とりわけ「全国部落調査」復刻版出版差止裁判の中心的な役割を果たしている原告や、本人尋問を実施した原告に対して繰り返し攻撃を行っている。たとえ鳥取ループ・示現舎の行為が許せないという気持ちがあったとしても、家族や親族に被害が及ぶ不安、あるいは地域全体の理解や協力なしに原告に加わることができない難しさがある。現行の裁判制度があくまで個人の被害を前提とし、法人・団体としての人格権、権利侵害を認めにくい構造となっているなか、部落解放同盟には各支部の同盟員の「差別されない権利」が集まっているという考えのもと、その権利を代表するという決意こそが部落解放同盟が原告となる大きな理由である。

 以上、二つの裁判闘争を通じて、現行の司法制度や法制度の限界を明らかにし、ネット上の部落差別情報やヘイトスピーチ等の人権侵害情報の削除や人権侵害救済制度、差別禁止法の制定につなげていく必要がある。

 被害者救済法・差別禁止法を求めて~部落問題にかかわる法律の推移

 1965年8月11日に出された内閣「同和対策審議会」答申は当時、三つの法律の制定を求めた。一つ目は同和対策事業にかかわる特別措置法であり、二つ目は差別に対する法的規制(差別禁止法)、三つ目は差別から保護し、司法的に救済するための法律(人権侵害救済法)であった。

 しかし実現したのは1969年に制定された同和対策事業特別措置法だけであり、以後、期限延長が繰り返され、2002年3月末を持って終了した。そうしたなか、部落解放運動は1985年に「部落解放基本法案」を提案し、法制定運動を展開してきた。

 1996年に国の地域改善対策協議会(地対協)は意見具申を出し、特別対策事業を終了することを打ち出した。そして、「人権擁護施策推進法」(1996年~2001年)が制定され、人権擁護推進審議会が設置された。審議会から答申が出され、2000年に「人権教育・啓発推進法」が制定された。

 審議会は2001年に「人権救済制度のあり方について」「人権擁護委員制度の改革について」という追加答申を提出、小泉内閣の下、2002年3月に「人権擁護法案」として国会に上程された。この法案では、人権委員会を法務省の外局に設置するとしたことから、「パリ原則」が示す人権委員会の独立性が担保されないという問題や、メディア規制を盛り込むなど重大な欠陥が指摘された。また自民党保守派により人権侵害の定義が曖昧だと批判が巻き起こり、3会期にまたがる継続審議となる中で、2003年10月に衆議院が解散され廃案となった。

 その後、民主党政権下において2012年11月に「人権委員会設置法案」が国会に上程されたが、衆議院解散で廃案となった。2016年12月に「部落差別解消推進法」が成立し今日に至るも未だに人権侵害の救済制度は実現していない。

 2001年に人権擁護推進審議会で人権救済機関の設置を求める答申が出され法案が提出されて以降、実に20年以上が経過し、人権条約委員会をはじめ国連の人権機関から日本に人権委員会(国内人権機関)の設立を求める勧告が度々出されているにもかかわらず、日本政府はそれら勧告を無視し続けている。

 私たちは、在日外国人、障がい者、女性、アイヌ民族、LGBTQなど被差別の立場の人たちと連帯し、「全国部落調査」復刻版差止裁判の高裁判決を武器に、包括的な人権侵害救済制度、差別禁止法の制定を求め、闘っていく決意である。