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国際人権ひろば No.178(2024年11月発行号)

特集:ヒューライツ大阪30周年 「様々な人権課題の解決のために」(その2)

性的マイノリティに関する社会課題の現状と癒しの取り組み

村木 真紀(むらき まき)
認定NPO法人虹色ダイバーシティ 理事長

 取り組みが進展するも課題は山積み

 性的マイノリティ(以下、LGBT、あるいは、LGBTQと記載)に関する社会課題に関して、この10年間で学校や職場、行政の取り組みは着実に進んだ。進んではいるが、非常にもどかしい歩みを見せている。

 2024年4月から使用されている小学校高学年の保健体育の教科書すべてに、分量は少しだけだが、LGBTや性の多様性に関する記載が加わった。しかし、相変わらず学習指導要領には何の記載もなく、しっかり教えられる教師は少ないと思われる。

 LGBT施策に取り組む企業は着実に増えており、大手企業を対象にした東洋経済のCSRに関する調査では、2016年版でLGBTに関する基本方針が「ある」と回答した企業は173社(1,325社中13%)であったが、2023年版では517社(1,702社中30%)になっている
https://biz.toyokeizai.net/-/csr/ranking/2023/20221201Data.html)。

 2023年にはいわゆる「LGBT理解増進法」が成立したが、事業者の取り組みはあくまで「努力義務」であり、強制力がない。先進的な大手企業と、海外(特に欧米)からの目を意識するグローバル企業が施策の中心になっており、中小企業ではあまり進んでいない。大手企業でも内実は玉石混交で、LGBTの先進企業だと期待して入社した従業員が、工場や地方の現場の無理解に失望する事態も起きている。

 行政に関しては、2015年に渋谷区・世田谷区で始まったパートナーシップ制度が全国的に広がり、2024年6月末時点で459自治体が導入、人口カバー率は85%以上、利用者は7,351組である(https://nijibridge.jp/data/2388/)。相談事業や啓発イベントを行う自治体もある。しかし、意欲的な自治体であっても、LGBTQ施策で確保している予算は非常に少なく、1回のイベント等で終わってしまうケースがほとんどだ。制度導入の際に、議員や首長から「無理解」としか思えない発言があったり、パブリックコメントで組織的と思われる反対意見が大量に寄せられたりすることもある。

 性的マイノリティの権利獲得に影を落とす反ジェンダー運動

 学校、企業、行政の取り組みで、当事者の置かれている状況が改善したかといえば、まだそうとは言えない。学術研究グループが行なった、無作為抽出のアンケート調査の結果を見ると、コロナ禍を挟んだためもあるかもしれないが、当事者のメンタルヘルスはシスジェンダー・異性愛者の2倍から3倍、悪い状況が続いている。


ストレスの高い人の割合(K6という指標で13点以上) シスジェンダー・
異性愛者
シスジェンダー・
同性愛者など
トランスジェンダー
2019年調査 8.0% 16.1% 18.8%
2023年調査 7.6% 21.1% 25.0%

2019 大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート(釜野さおり等)
2023 家族と性と多様性にかんする全国アンケート(釜野さおり等)


 インターネット上で吹き荒れているトランスジェンダーへのバッシング、いわゆる反ジェンダー運動も見逃すことはできない。2024年夏のパリ・オリンピックでは、199人のカミングアウトした選手が参加し、多くの記録を残した(https://www.outsports.com/olympics/
team-lgbtq/
)が、その一方、開会式の芸術監督を務めた演出家のトマ・ジョリー氏(ゲイであることを公表している)と、トランスジェンダーだと決めつけられた女性ボクシング選手へのバッシングは苛烈だった。

 私はLGBTQに関する企業向けの研修を行なっているが、研修先の大手企業でさえ、参加者から反ジェンダー運動に影響された質問や意見を聞く。スポーツブランドや小売店が毎年6月のプライド月間に行なっていたLGBTQへの連帯を示す虹色の商品は、2024年は非常に少なかった。インターネット上のヘイトが、現実世界にじわじわと影響を及ぼしている。日本では婚姻平等(同性婚)などの法整備もまだされていないのに、反ジェンダー運動の方が急速な勢いで広がっているようだ。

 2012年の「自殺総合対策大綱」の改定で、性的マイノリティが自死のハイリスク層だと記されてから、早12年。しかし、警察庁・厚生労働省による自殺者の統計で「性的少数者であることの悩み・被差別」が要因の一つとして掲載されるようになったのはごく最近だ。データを見ると、「性的少数者であることの悩み・被差別」が要因の方は、2023年が28名、2022年が31名。3%~8%と言われるLGBTQの人口割合や、シスジェンダー・異性愛者より2倍~3倍悪いと言われるメンタルヘルスの状況からすると、この数字は少なすぎる。実際には、ほとんど捕捉できていないと思う。

 日本社会が高齢化しているので、当然、LGBTQも高齢化している。私たちの調査では、LGBTQの方が何か困ったときに親や行政などに相談できる人が少ない。孤立の度合いの高いままに高齢化することがどんな帰結をもたらすのか、考えると恐ろしい。結婚という社会保障が使えず、行政や医療機関への信頼感が低い状況で、自分やパートナーの、老い、病気、障害、就労不能と向き合うことになる。

 法整備と安心できる場所づくり

 立法府の動きが鈍い中、司法では次々と画期的な判決が出されている。2023年、職場での処遇について、経産省のトランスジェンダー職員のトイレ利用をめぐる裁判は、最高裁で勝訴した。性別変更の要件に関しても、生殖不能要件が違憲とされた。

 婚姻平等(同性婚)を求める「結婚の自由をすべての人に」訴訟は、2019年から始まり、6つの地裁(札幌、東京、名古屋、福岡、東京2次)と札幌高裁で違憲判決が出た。あとは高裁判決が5つ(東京、福岡、大阪、名古屋、東京2次)、残るは最高裁である。

 政府は「引き続き裁判の行方を注視する」として、積極的に動く気配がないが、この間にも多くの人の人生が動いている。友人の30代のレズビアンは、子どもを持ちたいと考えていて、日本で同性婚ができるのを待つのか、同性婚が可能な海外に行くのか、という選択を迫られ、結局、転職や手続きで大変な思いをして、海外での暮らしを選んだ。結婚する権利がないということは、若者たちにとっては、この国で未来が描けない、ということだ。

 私は子育て中の当事者でもある。パートナーの産んだ子ども(法的にはパートナーがシングルマザー)を一緒に育てているが、物心つくまでに結婚できるかと思いきや、もう子どもは8歳になってしまった。成人まであと10年しかない。公園で一緒に遊ぶとき、歯医者に連れて行く時、運動会を見に行く時。私は8年間、親として扱われることはなかった。同性婚の是非を問う議論で、それが少子化の要因のように言われる時、子育て中のLGBTQ当事者は何重にも踏みつけられている。

 こんな日本の現状にあって、当事者のメンタルヘルスは、どうしたら改善するのか。繰り返し傷つけられ、失望を味わう日常の経験が多すぎて、今は息もできない。

 私は、まずは最低限の法整備、そして当事者やその周囲の人が、安心して一息つける場所が必要だと考える。

 最低限の法整備として、同性婚の法制化、性別変更の要件緩和、そして「LGBT理解増進法」のしっかりした運用と予算の裏付けを望みたい。「LGBT理解増進法」が検討された当時の首相秘書官の「隣に住んでいて欲しくない」という強烈な発言を覚えているだろうか。この法律は理念法で、差別禁止も明文化されず、罰則や強制力もない不十分なものであるが、あれだけ傷付けられて何もできないよりは良かったと思う。この社会に差別意識が根強くあることが分かりやすく示されたからには、その改善に向けて役立つ運用がされてほしい。

 私たちは2022年から「プライドセンター大阪」(https://pridecenter.jp/)という、常設のLGBTQセンターを運営しているが、どれだけ多くの人たちが、こういう場を必要としていたのかを実感している。センターは居場所であり、図書館であり、教育の場でもある。「ここでなら息がつける」、「安心して話ができる」。利用者のアンケートに、そんな感想が書かれている。家や学校や職場や地域では、息を潜めて暮らしている、ということだ。センターのミッションは「REMEDY FOR ALL」。「ビジネスと人権」の分野で言われるREMEDY(癒し、救済)という言葉を選んだ。さまざまな社会資源、REMEDYを総合的に提供できる場所としてのLGBTQセンター。私は全国各地に必要だと考えている。


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プライドセンター大阪のようす