特集:女性差別撤廃委員会による日本報告書審査が示した課題
2024年10月17日、国連欧州本部において、女性差別撤廃委員会(以下、CEDAWまたは委員会)による日本政府の第9回報告書の審査(審査としては6回目)が8年ぶりに行われた。女性差別撤廃条約を含む国際人権条約には、締約国(条約に拘束されることに同意した国)の条約実施状況をチェックするための国家報告制度が規定されている。審査では、国家が提出した報告の内容を踏まえて、条約に基づく委員会と当該国の代表とのあいだで質疑応答が行われる。これは「建設的対話」とも呼ばれ、委員会の委員と各国代表が直接やりとりをする貴重な機会だ。女性差別撤廃条約18条では、「この条約の実施のためにとった立法上、司法上、行政上その他の措置及びこれらの措置によりもたらされた進歩に関する報告」を国連に提出することになっているが、同時に「報告には、この条約に基づく義務の履行の程度に影響を及ぼす要因及び障害を記載することができる」。条約の実施に伴う困難や障害など、課題の存在も踏まえて委員と対話することで、条約が目ざす女性差別撤廃のためのよりよい方法を探ることが建設的対話の目的であるといえる。
審査の終了後には、委員会が、その国の条約履行に必要と考える措置についての勧告を含む総括所見が発表される。また、委員会が特に速やかな対応が必要と考える勧告は、フォローアップ手続の対象に指定され、締約国は、指定された勧告を実施するために取った措置に関する情報を、2年以内に委員会に書面で提出しなくてはならない。
今回の総括所見(1では、22の問題分野について懸念と勧告が示され、4つの勧告がフォローアップの対象となった。紙幅の都合により、他の報告と重ならない範囲で、いくつかの重要な点を取り上げたい。
締約国がまず実施すべきは法的整備であり、法律によって女性の人権を保障すると同時に、女性に差別的な法律を改正することである。本条約1条の定義では、「効果」として女性の人権を侵害する行為、すなわち間接差別も差別とされる。この分野においては、条約上の女性差別の定義と締約国の義務に基づき、包括的な女性差別の定義を法律に組み込むことが、総論として求められた。また、各論部分では、民法750条が定める夫婦同氏制を改正し、婚姻後も女性が自身の姓を名乗り続けることを可能にするための法改正が勧告され(総括所見パラグラフ12(a)、以下、パラグラフ番号のみ記す)、前回に引き続きフォローアップ対象に指定された。報道で注目を集めた皇室典範の改正も、男女で異なる扱いを定める法律として、この領域に入る。法の適用においても女性の人権が守られるよう、脆弱な立場にある女性を含む女性の司法へのアクセスの確保や、司法関係者への本条約と女性の権利に関する研修その他の能力向上プログラムの実施などが勧告されている(18)。
条約4条1項は暫定的特別措置、いわゆるポジティブ・アクションは差別ではないと定めており、CEDAWは積極的な暫定的特別措置の活用を推奨してきた。今回の総括所見では、意思決定過程への女性の参画を進めるために、国政選挙における女性候補者の供託金(300万円)の減額という暫定的特別措置の採用を勧告し(24(a))、これをフォローアップの対象とした。CEDAWでは、今会期、女性の平等かつ包摂的代表への権利とは50:50のパリティ(同等)を意味すると述べた、一般勧告40号「意思決定システムにおける女性の平等かつ包摂的代表」を採択した。日本に対しても、次の第6次男女共同参画基本計画(2026年~)では、立法府、各省庁、地方自治体、司法、外交、学術界等への女性の参加率の成果目標を50%に引き上げるよう勧告された(36(d))。
今回の総括所見では、健康分野の勧告が初めてフォローアップ対象に指定された。すなわち、16~17歳の少女が避妊薬にアクセスする際の親の同意を不要とすることを含め、すべての女性と少女に入手可能な価格で緊急避妊薬を含む近代的な避妊手段への適切なアクセスの提供(42(a))と、女性が人工妊娠中絶を受ける際に配偶者の同意を必要とする法規定の改正(42(c))の2項目である。これらは、女性の身体に関する自己決定権を保障するために、安全かつ多くの女性にアクセス可能な方法で避妊や中絶措置が提供されることを求めるものである。日本政府は配偶者の同意が必要とされない場合もあると回答していたが(母体保護法3条3項参照)、委員からは、配偶者の同意要件は、女性が中絶を受けることに対する拒否権に等しいという発言もあった。刑法212条による堕胎罪の改正は、今回も引き続き勧告されている(42(b))。
このほか、雇用分野で11もの勧告が出されているほか、女性の貧困、特にシングルマザーと高齢女性の貧困への対応も求められている。また、様々な意味でのマイノリティ女性を視野に入れた対応を求める勧告も多い。いずれの分野においても、より具体的な内容の勧告が増えたように思われるが、その理由のひとつは、勧告の多くが、以前の総括所見で繰り返されてきたものであるにも関わらず、日本の対応が進んでいないことにあるといえるだろう。
国家報告審査のプロセスにおいて、NGOが果たしている役割は大きい。というのは、政府から提出される報告では、法律や政策における「進歩に関する報告」が中心になり、条約上の義務の履行に「影響を及ぼす要因及び障害」への言及が少なくなりやすい。また、女性が被る差別や困難が、必ずしも法律や政策に反映されているとは限らない。そのため、CEDAWにとって、条約の実際の履行状況やその過程で、何が不足し、取り残されているかを知るためには、NGOからの情報が不可欠である。CEDAWは、締約国が報告を作成する際にも、NGOと協議することを推奨してきたが、委員会自身もNGOからの情報提供を建設的対話の準備段階等において受け付けており、委員会の議事においても、その会期に報告審査が行われる国のNGOが直接委員に情報提供を行う機会が設けられている。建設的対話における質問や総括所見の内容が具体的であることのもうひとつの理由は、実際の活動を通して、各分野の状況に精通するNGOからの情報を反映しているからなのである。
審査後の国内での取り組みにおいても、NGOは、自分たちの活動と結びつけて、総括所見の実施を各省庁や地方自治体に求めることや、国がフォローアップ報告をする際に、国あるいは委員会に対して自らの見解を伝えることができる。新たな法改正や政策が実行された場合にも、その影響を把握する力はNGOの方が優れているだろう。さらに、たとえば、次回の男女共同参画基本計画策定時のパブリックコメントにおいて、総括所見の内容が反映されているかどうかをチェックし、必要と考えられる内容を提言することも期待される。
国連欧州本部
今回の総括所見の最初の勧告は、個人通報制度と調査制度を定めた選択議定書の批准である。国内人権機関の設置を求める勧告では、設置予定の明示が求められており、法律で包括的な女性差別の定義を規定すべきという勧告は、いわゆる包括的差別禁止法の制定により対応することも可能である。今回の審査と総括所見によって、個々の分野の問題の多さもさることながら、こうした人権保障のための基本的なしくみを欠いていることがより明確になったのではないだろうか。これらのしくみがあれば、国内でNGOが条約実施に係わる機会も増えることだろう。
総括所見そのものに法的拘束力はないとされるが、締約国として総括所見の勧告を活かし、女性差別の撤廃に真摯に取り組むべきであることは言うまでもない。総括所見では、その実施について、国会が必要な対応を取ることも要請された(8)。委員会の審査や総括所見は、すべての締約国報告の審査、一般勧告の作成、個人通報や調査事案の検討等を通じて積み上げられた知見に基づくものである。その重みを忘れるべきではない。
<脚注>
1)
本稿では、総括所見の先行未編集版(2024年10月30日版)を参照している。なお、「日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク」(JNNC)による先行未編集版の日本語訳がhttp://www.jnnc.jpで公開されている。