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国際人権ひろば No.179(2025年01月発行号)

人として♥人とともに

デジタル暴力被害を防ぐために

三輪 敦子(みわ あつこ)
ヒューライツ大阪所長

 新しい年、どのように迎えられたでしょうか。ヒューライツ大阪にとっては設立31年目が始まりました。

 この10年ほどの間に私たちの生活に浸透し、情報の流通と拡散の方法を劇的に変えたSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)ですが、昨年は、公職選挙の趣旨に関する理解や前提を覆すようないくつかの選挙手法ともあいまって、SNSがこれまで想像できなかった社会的影響を発揮するツールであることを改めて痛感した1年になりました。

 国連は、2024年9月の未来サミットで「未来のための協定」とともに、付属文書として「グローバル・デジタル・コンパクト」を採択しました。国連が「デジタル協力とAIガバナンスに関する初めての包括的な世界的枠組」と位置づける同コンパクトは、人権、特に人権侵害の予防や救済について、冒頭で「人権の完全な享受を前進させる形でデジタル技術がもたらすリスクを明らかにし軽減する必要がある」とし、同コンパクトの目標の一つとして「人権を尊重し守り促進する包摂的でオープンで安全で安心なデジタル空間をつくること」を挙げています。

 同コンパクトが、このように記す背景には、デジタル空間が人権侵害に加担する事例が後を絶たないという現実があります。同コンパクトの原則には「デジタル技術により増幅される性的及びジェンダーに基づく暴力を始めとするあらゆる形態の暴力を撤廃すること」が挙げられており、デジタル技術の利用者が人権侵害と全ての形態の差別から保護されるよう国際人権法を用い、また企業に対しては国連「ビジネスと人権指導原則」を適用するよう求めています。

 この認識からもわかるように、デジタル暴力では、女性と少女、さらに多様な性を生きる人たちが不均衡にターゲットになっています。列国議会同盟(IPU)の調査からは、女性政治家の多くが、女性であることを理由とする誹謗中傷、さらにレイプや殺害予告等のデジタル暴力の被害を受けていることが明らかになっています。ドクシング(他人の個人情報をネットに晒す行為)により家族が被害を受ける場合もあり、議員を辞職せざるを得なかった女性もいます。また、複数のアイデンティティが交差的、複合的に重なりあう場合には、暴力は何倍にも膨れ上がることになります。

 ネット上に流れた不適切な投稿/情報への対応としては削除が何より重要ですが、これが簡単ではないことはヒューライツ大阪も経験してきました。SNSを運営する事業者は、簡単には削除要請に応じません。削除プロセスには非常に時間がかかり、判断の基準も良くわかりません。削除に応じたとしても、それまでには既に拡散は拡がっていると感じさせられました。

 デジタル暴力への対応に関する法整備について、2024年にはいくつかの進展がありました。ニュースで大きく報じられたのは、オーストラリアが制定した16歳未満の人々へのSNS使用禁止という法律ですが、EUは、域内すべてで安全で信頼できるオンライン環境を保障するために、デジタルサービス法(Digital Services Act)を制定しました。デジタル環境で市民の基本的権利が保護され、違法コンテンツの報告が容易になり、そうしたコンテンツに曝されることがないように、この法律は、プロバイダーに対し、オンライン上の違法コンテンツの削除や広告の適正表示を義務づけます。違法コンテンツの具体例としては「ヘイトスピーチ、テロリストのコンテンツ、差別的コンテンツ、児童の性的虐待を描写した画像の共有、同意のない違法な私的画像の共有、オンラインストーカー行為」等が挙げられています。

 日本では、2024年5月に、インターネット上の誹謗中傷等の違法・有害情報に対処するために、大規模プラットフォーム事業者に対し「対応の迅速化(削除申出窓口・手続の公表と対応体制の整備)」と「運用状況の透明化(削除基準の公表と削除についての発信者への通知)」を義務づける「情報流通プラットフォーム対処法」が公布されました。これらの義務違反が疑われる事業者に対する総務大臣の命令に従わない事業者には刑事罰が科されます。しかし、誹謗中傷を内容とする投稿への罰則、そうした投稿への公的機関の削除要請は盛りこまれませんでした。

 法整備がデジタル技術革新のスピードに追いついておらず、表現の自由との関係もあり公的機関の迅速な対応が進まないことが、デジタル暴力防止の壁になっているように思います。差別や憎悪を拡散する暴力的な影響力を発揮し、命をも脅かすデジタル暴力への適切で有効な対応は喫緊の課題です。