特集:女性差別撤廃委員会による日本報告書審査が示した課題
2024年10月17日、国連女性差別撤廃委員会(以下、「CEDAW」と略す)の第9回日本政府報告書の審査が行われ、10月29日にその総括所見が公表された。スイス・ジュネーブにある国連欧州本部で8年ぶりにおこなわれたこの日本審議に際し、わたしは今回もヒューライツ大阪の職員として、また在日コリアン女性の当事者として傍聴参加やロビー活動をする機会をいただいた。女性差別撤廃条約にもとづいて設置されているCEDAWの仕組みや審査、総括所見については今号の近江美保さんの原稿( p.4 -5 )を参照いただくとして、在日コリアン女性の立場からCEDAWでの活動をふりかえり、マイノリティ女性としてのわたしの思いを述べたい。
日本は女性差別撤廃条約を1985年に批准したが、CEDAWで、マイノリティ女性たちが発言しはじめたのは2003年の第4回・第5回の日本政府報告審査時からである。わたしのように朝鮮半島にルーツがあり、日本国籍を有しない女性たちが被る差別、つまり複数のマイノリティ性をもつ人たちが被る「複合差別」(1の問題がこの20年余り国際社会でも議論され、国連の人権文書に言及されるようになってきた。こうした進展は、世界各地のマイノリティ女性グループが声をあげ、つながってきたからである。そうした世界の動き、足元の日本の動きを知る中で、わたしも「日本社会の一員」として女性差別を語る現場に参加してよいのだとエンパワーされ、今日に至る。
今回の審査に際し、IMADR(反差別国際運動)が事務局を担う「マイノリティ女性フォーラム」の構成メンバーとしてアイヌ女性、在日コリアン女性、部落女性のグループは、加盟しているJNNC(日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク)のNGOレポートにマイノリティ女性に関わる箇所を執筆した。また自分たちが直面している問題や求める解決策をまとめて、独自にNGOレポート(2を作成し、それぞれのグループが審査の場に赴いた。他にわたしが把握している限りでは、障害女性、琉球女性、移民女性のグループと審査会場で会った。わたしには心強い同志である。日本からスイスに行く旅費が高騰しているが、多くのNGOがCEDAWにレポートを提出するのみならず、お金を工面してジュネーブに駆けつけた。今回NGOとして100人はいたということだ。
日本国内で女性に関する人権課題が山積しているにもかかわらず、社会の変化は遅々としている。CEDAWからの度重なる勧告も多い。女性の人権の前進に向け、何とか国連の人権システムを活用したい、活用しなければというNGOの熱い願いがある。在日コリアン女性に関しても、ジェンダー平等の目的をもって実態把握した公的調査は皆無と言ってよく、日本政府の「門前払い」のような状況が続いている。NGOレポートの内容を委員に一層理解してもらい、いい勧告につなげたく、自分たちが持ちうるデータや情報を示しながらロビー活動をおこなった。また今回は新たに、「性と生殖に関する健康と権利」(SRHR)や選択的夫婦別姓の実現を求めるNGOとも出会い、お互いの活動を励ましあった。
2016年のCEDAWの第7回・第8回日本審議に傍聴参加した元公人がその場所にいたマイノリティ女性に対し「...チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります...」を含む表現をブログやフェイスブックなどで発信した。前回の勧告の中で、2年以内にフォローアップ情報を提出するようにCEDAWが日本政府に求めた3点の内の2点がこうしたマイノリティ女性に対する複合的な性差別を禁止する法律の制定や固定概念や偏見の解消の措置とその結果のモニターであった。
後に被害女性たちが法務局に申立て、その訴えの一部が人権侵犯と認定されたことはニュースになった(2023年秋)。公的機関がこの言動を人権侵犯と認定したことはわたしの周囲でも評価しているが、法務局はこれがヘイトスピーチであるとの判断はできないとした。また、どう審理したのか被害者に説明する義務はなく、不服申立て制度もない。手続きや結果に強制力はなく、加害者は責任を問われない。このような現状の人権救済システムを変えていかねばならないと考えている。
今回の審査でNGOとして参加した在日コリアン女性、アイヌの女性は、民族衣装に身を包んだ。琉球女性たちは、琉球/沖縄の伝統柄の入った素敵な服を着て、米軍基地や米軍人による緊急の人権問題を訴えていた(p.10-11親川裕子さんの原稿参照)。
日本社会の中に長年存在してきたマイノリティへの差別は、往々にしてマイノリティ自身をしてそれを内面化させる。自分につながる文化を肯定できず、ひいては自己否定をするのだ。いまだ在日コリアンの多くが植民地期に由来する日本風の通称名を使い、民族衣装を含めアイデンティティを堂々と表現できないでいる。わたしは国連の場でマイノリティ女性の一員として仲間とともに民族衣装を着て活動する意味があると考えた。万一、何か差別的なメッセージが出てもそれにひるまず、行動を起こせばいいというエネルギーも湧いていた。CEDAWの審査やロビー活動中、幸いにそのような経験をすることはなかったが、緊張を強いられたのも事実である。自分のアイデンティティを表現する衣服を公の場で着るのに躊躇するという状況は本来あってはいけない話である。
日本政府報告書審議の休憩時にNGO席でマイノリティ女性たちと一緒に。
2列目左が筆者。
在日コリアン女性のグループが今回、特に強調して委員に伝えたかった内容をまとめると次の3点である。1)在日コリアン女性に対する差別解消を目的とした国や地方自治体による公的な実態調査がないこと。2)在日コリアン女性に対するヘイトスピーチやヘイトクライム、オンライン上の誹謗中傷などの攻撃を防止し、救済のための仕組みを国が整備すること。3)民族として生きづらいことが、在日コリアン女性には過重な負担を負わせていること。
今回の総括所見(3の勧告には、マイノリティ女性に関して実態把握や統計の作成を直接、勧告した項目がなかったが、すでにCEDAW「一般勧告第28号:女性差別撤廃条約第2条に基づく締約国の主要義務」段落8や段落18などで明示されているように、マイノリティ女性に関する統計データベースの作成や差別の継続的な分析は国際的な義務であり、「複合差別」は、第2条に規定された締約国が負うべき一般的義務の範囲を理解するための基本概念である。総括所見に具体的に述べられなくても、上述した3点の内の(1は、条約の締約国が履行すべき義務であり、勧告の前提になっていると理解している。
さらに総括所見のさまざまな項目においてマイノリティ女性に関する懸念と勧告が示された。在日コリアン女性に直接関係すると判断した項目は次のとおりである。「女性差別の定義」、「司法へのアクセス」、「ジェンダーとステレオタイプ」「女性に対するジェンダーに基づく暴力」、「政府・公的生活への平等な参加」、「雇用」、そして「不利な立場にある女性グループ」。その多くは前回と重なっている。在日コリアン女性に関しては、この8年間、勧告は実現しなかったと言っていい。国連の場に行くと、日本社会はマイノリティ女性や複合差別についての認識が薄いと痛感する。
勧告の内容を具体的に紹介すると、例えば、「不利な立場にある女性グループ」に関する勧告は、「アイヌ、部落、在日コリアン、障害女性、性的マイノリティ女性、移住女性に対する交差性差別撤廃の取組みを強化し、雇用、健康、公的生活に平等に参加できるようアクセスを確保する」。
人権をまもる一義的な義務は国家にあるが、日本の国が国際人権基準をまもるようになる(=勧告を履行する)ために、わたしたちはあきらめず、できることから行動していくしかない。その一つとしてマジョリティの側の女性たち、在日コリアン男性たちと複合差別について語り合える可能性をひろげていくことをやっていかねばと思う。
日本担当のバンダナ・ラナ委員に在日コリアン女性の情報提供をする筆者(左)
<脚注>
1)
わたしは「intersectionality」の概念を「複合差別」と表現している。
「交差性差別」「インターセクショナリティ」とも言われる。
2)
IMADRウェブサイト「マイノリティ女性フォーラムが提出したNGOレポート」
https://imadr.net/cedawdebriefing/
3)
JNNCウェブサイト https://www.jnnc.jp/