特集:女性差別撤廃委員会による日本報告書審査が示した課題
第89会期国連女性差別撤廃委員会(以下、CEDAW)は日本政府報告書審査後の総括所見で、在沖米軍人らによる性暴力について言及した。これまで拷問等禁止委員会、人種差別撤廃委員会からの総括所見で外国軍、米軍から派生する性暴力について言及されたことはあったが、CEDAWでは初めてとなる。極めて画期的な今回の総括所見は沖縄の地元紙でも大きく取り上げられた。本報告では、総括所見の勧告に繋がった背景を確認し、市民社会の取組みを振り返り、勧告の内容を紹介したい。
2024年6月25日、沖縄の地元テレビ局が県警未公表の事件の裁判があることを報じ、米軍人による性暴力事件が明らかとなった。沖縄県も事件を把握しておらず、防衛省、外務省に照会するなどして情報収集に追われた。事件は前年2023年12月に沖縄島の民間地域で発生、被害者は県内に住む16歳未満の少女であったことが明らかとなった。さらに、今回の事件発覚後、2023年から24年5月までに米軍人等による5件の性暴力事件が判明した。いずれも日本政府は沖縄県に情報提供していなかった理由を「被害者のプライバシー保護」とするが言い逃れの弁として苦しいものだった。
さらに今回、異様だったのは、日米合同委員会合意の通報体制が反故にされ、沖縄県警は警察庁、外務省沖縄事務所は外務省に通報していたにも拘わらず、沖縄県側には通報していなかったことだ。一方で、岸田前首相も訪米前で起訴前の2024年3月には12月の事件を把握していたことを認めている。
加えて日米地位協定の問題も横たわる。地位協定第17条では、米軍人軍属の公務外の事件・事故の場合、裁判権は日本側にあるが、被疑者が米側に拘束された場合、日本側への身柄引き渡しは起訴後となる。1995年の日米合同委員会合意で、殺人や強姦などの凶悪犯罪においては日本側からの身柄引き渡し要請があった場合、米側は「好意的な考慮」を払うとされた。しかし、2002年の性暴力事件では日本側の要請に対し、米側は明確な理由を示さないまま拒否した。今回の事件で沖縄県警は被疑者の身柄引き渡しを求めなかった理由を「米軍側と連携しながら取り調べが可能であった」とするが、むしろ、あくまでも米軍側に裁量があること、合意事項の形骸化が表面化した。
米軍人らによる性暴力事件に抗議する活動を続ける「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の調査では、戦後、米軍人らによる性暴力事件は1,000件を超え、暗数を含めると数倍以上になると推測する。今回も狭隘な沖縄の土地に米軍基地が集中し、生活圏が軍事化されてしまっていることを浮き彫りにした。
CEDAW日本審査に先立ち、元CEDAW委員長の林陽子先生を沖縄に招きワークショップを開催した。女性差別撤廃条約とその活用について助言いただくことで、琉球女性が直面する複合的な問題解決に向け、効果的な情報提供ができると考えていた。開催日が先述の事件発覚直後だったこともあり参加者の関心も高く、米軍人による性暴力事件についてCEDAW委員にわかりやすい質問や勧告内容にし、日本政府に対しより実効性のある勧告となるよう報告書をまとめた。林先生からもアドバイスをいただきながら議論を重ねる中で、最終的に国連安保理決議1325号(2000年採択)関連施策、WPS(Women, Peace and Security「女性・平和・安全保障」)アジェンダの観点から、米軍人等による性暴力は人権侵害であり、女性差別、交差性の差別であるとする内容に固まった(1。
WPSは90年代に旧ユーゴスラビアなどの紛争下において、女性に対する性暴力が武器、戦術とされたこと、加害者処罰が不十分であったことが起点となり、紛争下の性暴力の防止と紛争予防、紛争解決、和平交渉、平和構築など全ての取組みにおいて、平等で十全な女性の参画が行動の柱となっている。日本は2013年にWPSに基づく国別行動計画(National Action Plan 以下、NAP)を策定した。しかしNAPには日本軍「慰安婦」、在日・沖米軍基地から派生する性暴力については言及されていない。策定過程で市民社会から「日本が「過去の歴史において」、「女性に対する大規模な性暴力を行った」ことを計画に明記すべき」(2との意見が出されたが、NAPには反映されなかった経緯がある。冒頭の事件発覚後、上川元外務大臣、北村外務省報道官はWPS・NAPの観点を踏まえ、米側に具体的な対応と事件・事故防止策の策定を求めていくと説明した(3。
左から新日本婦人の会沖縄県本部事務局長の里道昭美さん、
筆者、サファロフ委員、元CEDAW委員長の林陽子先生
審査でWPSに関しサファロフ委員(アゼルバイジャン)は、政府が在日・在沖米軍から派生する人権侵害に対処できていないと指摘した。日本政府は米側発表の巡警、研修・教育の強化等により再発防止に繋がると、非主体的な回答に終始した。
ベテル委員(バハマ国)は、市民社会からの報告で日米地位協定の加害者不処罰などの情報があるとし、被害者の権利保護の状況、加害者の逮捕、起訴、有罪判決について説明を求めた。日本政府は、日米地位協定上の被疑者の身柄拘禁に関し問題は無く、加害者不処罰の文化の終焉に取り組むと説明、在日米軍人らによる検挙件数については不同意性交3件、不同意わいせつ1件を示すのみで、起訴、有罪判決の説明を欠き、「積極的対話」とは乖離した不誠実な応答をした。
総括所見では、WPSと、ジェンダーに基づく女性に対する暴力の2項目で在沖米軍の駐留について言及され、沖縄の女性、女児に対する性暴力および関連するジェンダーに基づく暴力の防止、加害者の適切な処罰、サバイバーに対する十分な補償が勧告された。
勧告から見えてくるのは、CEDAWは日本政府の回答から米軍人らによる性暴力は深刻で緊急性が高く、日米地位協定の被疑者拘禁に制限がある状況は加害者不処罰の文化が残っていると判断したことだ。NAPに含められていない在日・沖米軍基地から派生する性暴力問題にどのように対処していくのか、勧告を踏まえて日本政府が米側へどのような要請を行うのかを含め注視していく必要がある。
また、私たちの報告書で高齢女性の社会的給付の問題も取り上げた。沖縄では戦後27年間の米軍統治下で法整備が遅れ、現在も尾を引く。その一つが無年金の問題で、沖縄では高齢女性の生活困窮の原因とも指摘されている。今回の勧告で雇用や経済的自律の文脈で高齢女性の年金格差や貧困について言及があった点も注視していきたい。
最後に、ヒューライツ大阪の朴利明研究員には現地でのロビーイング、帰国後、審査内容の検証、勧告についてご支援いただいた。記して深く感謝したい。
<脚注>
1)
NGOレポートはCEDAWのサイトより確認できる。
https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=INT%2FCEDAW%2FCSS%2FJPN%2F59694&Lang=en
2)
1325NAP市民連絡会「「序文」に関する提案」(2013.12.19)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000023393.pdf(最終閲覧日:2024.11.27)
3)
北村外務報道官会見記録(令和6年7月3日(水曜日)16時20分 於:本省会見室)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaikenit_000001_00026.html(最終閲覧日:2024.11.28)