人権の潮流
「パレスチナとつながる写真展PROJECTマクルーバ」は、パレスチナを訪れたことがある/訪れたことはないけれど繋がりたいという思いをもつ個々人が、2023年10月からのガザ攻撃をきっかけに生まれた市民団体だ。マクルーバとは「ひっくり返す」という意味のあるアラビア語で、中東地域のおもてなし料理でもある。その名の通り、鍋で作った炊き込みご飯を豪快に大皿にひっくり返して盛り付ける。活動の途上で出会った人びとと手を取り合い、パレスチナがおかれている状況をひっくり返したいという想いを込めて、この団体名とした。
活動の中心は写真展「私たちが見たパレスチナ-占領下に生きる人びとと暮らし」の巡回で、パレスチナに想いを寄せる個人や団体からお声がけいただき、これまで関西を中心に岡山、広島、東京、愛知、岐阜など全国約20カ所で開催してきた。
写真展では主に、中東の専門家でもジャーナリストでもない一市民の目線で捉えたパレスチナの日常風景を展示している。写真の提供者によって現地を訪れた理由も時期も様々なので、多角的な視点からパレスチナについて知ることができるのが特徴だ。
「どうしよう、ガザが消されてしまう」-2023年10月7日、ハマースら武装勢力による越境攻撃の直後、イスラエルがガザ地区に軍事攻撃を開始したというニュースを見て、最初に私の頭に思い浮かんだ言葉がそれだった。スマホを持つ手が震えた。
2002年夏、私は知人が主催するスタディツアーで、パレスチナ西岸地区とガザ地区を訪れた。その時も、ガザはイスラエルの占領下にあり、「天井のない監獄」と呼ばれていた。2007年以降はさらに、立法評議会選挙で勝利したハマースが統治を開始したことを理由にガザ地区の封鎖は強化され、人の移動はもちろん、食料や燃料、医薬品、建築資材などの搬入が厳しく制限されるようになった。国連が2015年の段階で「2020年までにガザは人間が住むのに値しない場所になる」と警告していたほどだ。そんな中で、イスラエルによるガザ攻撃は2008-09年、2012年、2014年、2021年と回を重ねるごとに規模を拡大して繰り返され、生活基盤が徹底的に破壊されてきた。
今回は本当に大変なことになるという焦りと同時に、最悪を更新し続ける状況を知りながらもこの問題を伝える努力を怠ってきたのを激しく後悔した 。私が現地を訪れたのは20年以上も前のこと。パレスチナ関連の講演会や映画上映会等を企画していた時期もあったが、就職や出産、引っ越しなどが重なりだんだんと活動から足が遠のいていた。メディアでは今回もきっと「対テロ戦争」「報復攻撃」という常套句で、イスラエルの軍事攻撃を正当化するだろう。私は慌てて本棚の奥にしまいこんだ写真アルバムを引っ張り出して、友人に「見てほしい」と連絡した。今まさに消されていこうとするガザの風景を誰かと共有したかったからだ。
そのとき友人は「架け箸」(1の髙橋智恵さんの講演会と写真展を開催しようと動き出しており、「麻衣さんの写真も一緒に展示しよう」と声をかけてくれた。今に繋がる写真展PROJECTの第一弾である(2。第二弾は大阪市西区にある個人経営の書店MoMoBooksにて行った(3。そのうちに、写真展を見たという人から「自分の店でもやりたい」「自分が住む地域でもやりたい」という連絡をもらうようになった。並行して新たに写真を提供してくれる仲間や、共に活動を担ってくれる仲間と出会い、写真展PROJECTマクルーバが動き始めていった。
2002 年夏にガザで撮影した地中海に沈む夕日
マクルーバの写真に映し出されているのはおいしそうな食べ物や子どもたちの笑顔、家族の団らん、きれいな花畑など、一見すると"平和"で"のどか"な日常風景だ。メディアを通して届けられるような瓦礫と化した街並みや、泣き叫ぶ人びとの姿はあまりない。当たり前のことだが、パレスチナにも人びとの暮らしがあり、紡がれてきた文化や歴史がある。しかし、"紛争地"として報じられるパレスチナは、遥か遠く別の惑星に存在するかのようで、私たちはややもするとそこに人間の暮らしがあることを忘れてしまう。
現在ガザで起きていることはジェノサイド(4に他ならないが、それはただ単にたくさん人を殺す行為のみを指すのではない。ジェノサイドとは、人びとを非人間化し、文化や歴史をまるごと消し去ろうとする試みである。イスラエル建国前後から続く入植者植民地主義(5と民族浄化(6、1967年の第三次中東戦争から続く軍事占領(7という歴史的文脈を無視してパレスチナを"紛争地"として描き出すことは、ジェノサイドへの加担にもつながる。私たちマクルーバは、写真展を通してパレスチナの人びとの営み、息遣いを記憶し、語り続けることで現状に抗いたい願っている。
写真展を開催したいと声をかけてくれるのは、様々な社会課題に取り組みながら書店や喫茶店、コミュニティスペースなどを営んでいる、またはそこに集っている人びとだ。写真展期間中にはマクルーバメンバーによるトークイベントも行い、現地を訪れたときのエピソードと同時に、パレスチナ問題の根底にある植民地主義や占領について話をしている。そのとき大切にしているのは、私たちが一方的に教えるのではなく、参加者と共に学び、語り合う姿勢だ。たとえ小さなスペースであっても、地域に根差した、顔の見える関係性の中で、今後もパレスチナとつながり続けるために何ができるのか考え続けていきたい。
東京のエトセトラブックスで開催した写真展の様子
ガザ・ジェノサイドの死者は身元が判明しているだけでも約4万3千人。行方不明者は1万人、負傷者は10万人を超す(ガザ保健省発表、2024年11月14日現在)。うち70%近くは女性と子ども達だ。病院や医療従事者が執拗に攻撃され、食糧や医薬品、衛生用品等の物資の搬入も妨害されている状況を鑑みると、間接的な死者は直接的死者数の3~15倍に及ぶと推定され、2024年末までの犠牲者は33万5千人に上るという推計もあるほどだ。
国連や国際司法裁判所が各国に対し、ジェノサイドを止めるために禁輸措置や制裁などあらゆる手段を講じることを呼びかけているにも関わらず、日本政府はこの期に及んでイスラエル製の攻撃型ドローンを輸入しようとしている。輸入代理店となる川崎重工は、ドローンがイスラエル製であることを隠して和歌山県白浜空港での飛行実験を開始した。パレスチナで「実証実験済み」とお墨付きのついたドローンは、今頃、私たちの上空を飛んでいるかもしれない。 今いるこの場所からでもできること、やらなければならないことはたくさんある。
<脚注>
1)
"素敵に国境はない"というビジョンのもと、代表である髙橋智恵さんが大学卒業後に立ち上げたパレスチナ×日本のカワイイを届けるフェアトレードブランド。
https://kakehashi-palestine.com/
2)
写真展はガザ攻撃開始から一か月後の2023年11月3日~19日まで、箕面市多文化交流センター内にあるcomm cafeにて開催された。
3)
分野を限定せず様々なジャンルを取り揃えた個人書店。2024年12月24日~25年1月26日まで写真展「私たちが見たパレスチナ」第二弾を開催している。
https://momobooks.jp
4)
ジェノサイド条約の定義では「国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもって行われた」行為を指し、締約国はこれを防止し処罰する義務を負う。2024年11月14日、国連特別委員会はイスラエルによるガザ攻撃は「ジェノサイドの特徴と一致している」と結論づけた。
5)
外からやって来た入植者がその土地にとどまって土地を奪い、先住民社会を破壊するというもので、イスラエル自体が入植者植民地主義によって建設された国家と言える。
6)
虐殺や強制移住などあらゆる手段を組み合わせて特定の民族を殲滅、排除すること。
7)
占領下のパレスチナではイスラエルの軍法が最優先され、移動の制限、土地収奪、家屋破壊、恣意的な拘束が常態化している。