特集:女性差別撤廃委員会による日本報告書審査が示した課題
2024年10月17日、ジュネーブで女性差別撤廃委員会と日本政府代表団の「建設的対話」が行われた。日本では「対面審査」とも呼ばれているが、これは日本が批准する女性差別撤廃条約の条文に則って、日本の女性差別を撤廃するためにどのような方策が必要か、委員会と政府代表団が「対話」する機会である。
わたしはこの機会にジュネーブに渡ったほか、市民グループの一員として、渡航前後に様々なアドボカシー活動を行った。本稿ではその活動を紹介するとともに、この「対話」から見えた、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)を取り巻く日本の諸課題について検討したい。
今回わたしはSRHRをめぐる課題に取り組む7つの市民団体の連合体の一員として活動した。SRHRはSexual Reproductive Health and Rightsの頭文字をとったものであり、「女性の人権」が国際人権基準として明示的に確立していった70年代~90年代に練り上げられた知見として、90年代に概念化されたものである。人が生きることは、どのようなかたちであれ性をもつ存在として生きることであり、生殖という営み・実践を(それをしないことも含めて)自分の人生で考慮に入れないのは難しい。
わたしが加わった「SRHRチーム」は、ジョイセフ(JOICFP)を筆頭に、SOSHIREN・女(わたし)のからだから、ピルコン、#なんでないのプロジェクト、Tネット(Transgender Network Japan)、MarriageFor All Japan (結婚の自由をすべての人に)、LGBT法連合会の7団体で構成される。団体名から分かるように、このチームの特徴は、性的マイノリティの人権回復を主眼に活動してきた団体が複数参加していることにある。わたしもまた、Tネットのアドバイザーとして、直接的にはこのチームに加わった。SOSHIRENのような歴史ある女性団体と、#なんでないのプロジェクトのような新しい団体、そしてLGBTの権利団体が集うことができたのは、ジョイセフのリーダーシップによる。
以前に女性差別撤廃委員会委員長を務めた林陽子弁護士(左から3人目)と
SRHRチームの4名。一番手前が筆者
私たちの活動の主眼は、まずは国連女性差別撤廃委員会に提出する「カウンターレポート」の執筆であった。これは、委員会に日本の現実を伝え、有効な勧告を引き出すために執筆・提出されるものであり、私たちのようなNGOだけでなく、個人でも提出することができる。詳細については公開しているレポート本文を参照していただきたいが(1、私たちSRHR市民社会レポートでは、最終的に以下の諸点について委員会から勧告を出すことを求めた。
このうち、優生保護法に基づく被害については、レポート提出後に国会で賠償法が可決したが、以上の諸問題を軸にして、私たちのアドボカシーは展開されることとなった。
レポート提出後ジュネーブに渡ったのは、ジョイセフの2名と、#なんでないのプロジェクトの福田和子さんとわたしの4名、約1週間の滞在期間中、人権機関の職員と面会したり、非公式会合と呼ばれる機会に委員会への情報提供を行ったりした。また、休憩時間に委員とやり取りすることも可能であるため、そうした機会を生かすべく目まぐるしく活動した。
女性差別撤廃委員とやり取りをするなかで実感したのは、女性差別をなくすには何が必要か、考える姿勢を共有できているということだった。日本社会には(そして世界には)女性差別がある。そして、差別はなくなるべきである。この2つの前提を共有してはじめて、「どのように差別はなくせるか」という具体策の検討が可能となる。しかし、国内で多くの人々・組織と関わるにあたって、この前提を共有できないと感じることは多い。
女性差別撤廃委員会はそうではなかった。前提が共有されていた。差別は、ある。しかし、なくなるべきである。では、何が必要か。その問いに共に取り組んでいる実感があった。なにより、委員は知恵を求めていた。数日後に控える政府代表団との「対話」を実りあるものとするために、情報を欲していた。女性差別をなくすための具体策を考えるためだ。そのための前提が共有されていた。日本では経験しにくい、貴重な空間だった。
10月17日「建設的対話」当日は、委員会と政府代表団のやり取りを傍聴した。対話の様子は、UN WebTVにて配信録画が確認できる(2。
過去の参加者によれば、安倍政権全盛期だった前回と比して、今回は政府代表団ができるだけ「質問に答える」姿勢を見せていたとのことだ。しかし、初参加となるわたしの目には、代表団の受け答えは不誠実なものに映った。委員から「この法律は変えるつもりがないのか」「なぜ変えないのか」といった具体的な質問があっても、延々とその法律の立法趣旨を読みあげて時間を浪費したり、都合のよい調査結果だけを並べて現状を正当化する場面が目立った。また、政府担当者の回答があまりに空疎であるため、「改めて聞く」と質問されているにもかかわらず、一度目とまったく同じ回答を繰り返し、委員長から「同じ回答をせず、具体的に答えて欲しい」と言われる場面もあった。
対話の全体を通して、政府代表団は「前提」を共有できていないのだと思わされた。日本は女性差別撤廃条約を批准し、あらゆる形態の女性差別の撤廃を理念として国際社会と共有している。その理念の実現に必要な方策を国際人権の専門家とともに考える「対話」という貴重な機会にも拘らず、代表団は国内の性差別の存在を否定したり、差別があるとしても国民の「意識の遅れ」にその責任を押し付け、立法・行政・司法が差別を作りだし、存置してもいるという事実を認めないような回答を繰り返した。
特にSRHRをめぐるやり取りとしては、中絶の権利・アクセスについて「道徳的な立場が分かれる」と中立を装いながら一方的な権利制約を正当化したり、人権教育としての包括的性教育の導入について問う質問には「性教育は、学校教育全体を通して行っている」と意味不明な回答をしたりした。性同一性障害特例法の不妊化要件の存在によって不妊化を「選択」せざるを得なかったトランスジェンダー当事者の被害回復の意向を問うた質問については回答をはぐらかし、同法の改正について問うた質問は、端的に無視した。
10月29日、「勧告」を含む「総括所見」が公表された。本文および仮訳がいずれも内閣府のページから読める(3。
一言で言えば、私たちのアドボカシーは実った。今回の勧告は、かつてないほどSRHRに強い焦点を当てたものとなった。2年後に書面で状況を報告するよう求める「フォローアップ項目」(重視する差別課題)にも、中絶の配偶者同意要件の撤廃や緊急避妊薬のアクセス改善が盛り込まれた。包括的性教育の公教育への導入や、刑法堕胎罪の見直し、同性婚の法制化のほか、なかには特例法下で不妊化を受けざるを得なかった人々への(賠償を含む)被害回復という、私たちが求めていた以上の内容も勧告に入った。
このような充実した勧告が出た一方で、国内メディアの当初の報道は「夫婦別姓」と「皇室典範」で埋め尽くされた。確かに選択的夫婦別姓は異例とも言える4度目の勧告であり、同時期に行われた自民党総裁選・衆議院総選挙でも主要な話題となっていた。しかし報道はいかにも「内向け」であった印象をぬぐえない。また、勧告が皇室典範の改正に触れていたことをもって、女性差別撤廃委員会そのものの信頼性を失わせることを意図した新聞社説なども現れた。まだまだ「前提」が欠けていることを強く実感した。
私たちはこれからもSRHRの実現・促進のために活動を続ける。今回のレポート執筆やアドボカシーを通じて、女性差別だけでなく複合差別(交差的な形態の性差別)についても多くの人々と知見を共有することができた。この繋がりをますます活かし、そしてますます多くの人々と手を取り合って、前に進むつもりだ。そのためにも、「前提」の普及に努めなければならない。
次の日本審査は8年後の予定だ。8年後に、また同じ内容のレポートを書くつもりはない。
<脚注>
1)
以下に公開している
https://www.joicfp.or.jp/jpn/2024/09/09/55486/
2)
前半(104th Meeting, 89 Session)
https://webtv.un.org/en/asset/k11/k1134kvabm
後半 (2105th Meeting, 89 Session)
https://webtv.un.org/en/asset/k1n/k1nb3bus4d
3)
https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/index.html2