一月一七日から一九日まで、東京の三田会議所において、国連人権高等弁務官事務所は日本政府の協力を得て、「アジア・太平洋地域の人権教育国内行動計画についてのワークショップ」を開催した。二八カ国 (注一)の政府代表、国内人権機関の代表、UNDP(国連開発計画)などのほか、オブザーバーとして国内外のNGO (注二)が参加した。昨年四月の人権委員会、十二月の国連総会の決議を受けて、本会議は各国政府が国内行動計画策定のための委員会を設立し、行動計画を策定・実施することを促す役割を期待されたものであった。
会議では、国内行動計画をすでに策定したフィリピンと日本の経験が報告され、国連人権高等弁務官事務所の示した「人権教育のための国内行動計画のガイドライン」に沿って、議論が進められた。各国の最新の取り組み状況も報告され、国内行動計画が策定されていない国々でも、積極的に人権教育が推進されていることが確認され、域内の共通理解を深める場となったが、最終的に今後の国内行動計画策定について各国からの積極的な発言などがなかったことは残念でもあった。
限られた紙面の中で痛感したことを三点記しておく。一つは、多様な歴史的・文化的・宗教的背景と、経済発展における格差、域内の国家間の対立・紛争といった問題を内包するこの地域で、人権を語ることの困難を再び痛感させられたことである。韓国からは、「ジュネーブでは、人権のアジア的価値は、ポジティブな意味をもつのか、ネガティブなのかという議論がある」との問題提起があった。各国ともに国際的な人権文書の尊重と、人権教育の重要性を強調しながらも、中国は「発展途上国を多く抱えるアジア・太平洋地域では、より社会的経済的権利が重視されるべき」「冷戦のメンタリティをようやく脱した現在こそ、人権に関するアジェンダは各国が自己決定するべき」、イランは「人権教育は各国の異なる状況を考慮したものであるべき」といった意見を強調した。このような国レベルでの議論の困難を克服するためには、私たちが、人権を侵害された人間一人ひとりの痛みは国境を越えて共通であるとの信念に基づいて、草の根からの人権へのアプローチを強化していく以外に方法はあるまい。また、東北アジアに関しては、韓国、日本などの人権教育は、法的な権利としてよりも、道徳的価値を教える側面が強い。このような人権教育が、国際的な人権保障システムとどのようにかかわりうるのか、私たち自身が振り返り、位置づけていく必要があろう。
第二に、このような場への日本政府の関わり方である。昨年のソウル・ワークショップに続いて今回も政府レベルでは、外務省の代表者の参加にとどまり、国内で人権教育・啓発を担っている文部省・法務省の参加はなかった。国際社会における人権教育の動向や考え方は、日本国内によき「刺激」を与えるはずであると筆者は考えているが、このような場での議論が対外的な対話にとどまり、国際的議論が国内の実践に結びつかないことには、大きなジレンマを感じた。また、このような国際会議の場は、日本のこれまでの同和教育を中心とする人権教育の蓄積を他国に発信する場ともなるはずである。
第三に、今回の会議は、国連人権高等弁務官事務所が作成したガイドラインに示されたステップに沿って議論が進められたため、改めて日本の人権教育をガイドラインに照らしあわせて相対的に見直せたことである。日本の行動計画は、人権教育のための包括的な国内委員会の設置、基本調査の実施などがなく、また、社会の多様なセクターの「参加」を十分に実現して策定されたとはいいがたい。また、こうした市民参加の不在が、九九年七月の人権擁護推進審議会からの答申における「人権観」にも現れたといえよう。答申では私人間の人権侵害に関わる事象に限定して人権問題をとらえており、国家と個人の関係における人権問題が軽視されている。その結果、人権教育とはあたかも「おカミ」が私人間の人権侵害がおきないように啓発する、といったスタンスになってしまっている。このような「人権観」は、国際社会の人権基準の国内的実現にとっても大きな問題である。条約等に記された人権基準は、国家がその国内において実現の努力をしてこそ、はじめて草の根に届くものであり、その意味では国家と個人の関係にきわめて深く関わるからである。また域内の多くの国々では人権委員会の設置や人権法の策定などが進み、人権教育の基盤をなしているが、このような制度づくりが日本では進まないことも、こうした「人権観」とかかわりがあるのではないか、と考えさせられた場でもあった。
注)2 オブザーバーとして参加したNGO: ACFOD (開発のためのアジア文化フォーラム)、ARRC(アジア地域人権教育資料センター)、Brhana Kumaris World Spiritual University、PDHRE(民衆のための人権教育の一〇年)、および日本からはアムネスティ・インターナショナル日本支部、日弁連、日本赤十字、日本アジア女性基金、ヒューライツ大阪
*この文章はニュースレター「ヒューライツ大阪」第30号(3月発行号)の「コラム・人権教育」の文章を転載したものです。