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指導原則への序文

  1. ビジネスと人権の問題は、国境を超える経済活動の隆盛と相まって、民間部門の当時の目をみはるばかりの世界的拡大を反映しつつ1990年代に、グローバルな政策課題に恒久的に組み込まれることになった。このような情勢の推移は、人権に関する企業の影響についての社会的意識を高め、また国際連合の注意をも惹くことになった。

  2. かつて国際連合でなされた一つの試みは「多国籍企業及びその他の企業に関する規範」と呼ばれ、これは当時の人権委員会(1)の専門家からなる補助機関(2) によって起草されたものである。本質的には、これは、国家が批准した条約の下で受諾している人権義務と同じ範囲、すなわち「人権を促進し、その実現を保証し、人権を尊重し、尊重することを確保し、そして人権を保護すること」を、国際法の下で直接に企業に課そうとするものであった。

  3. この提案は、経済界と人権活動団体の間に埋めることのできない溝を作りだしてしまい、政府側からの支持もほとんど引き出せなかった。人権委員会はこの提案に関しては意思表明することさえしなかった。その代わりに、委員会は、新たな取組みとして、2005年に、「人権と多国籍企業及びその他の企業の問題」に関する事務総長特別代表という役職の設置を決め、事務総長にその役職者の任命を要請した。本報告書はこの特別代表の最終報告書である。

  4. 特別代表の仕事は、3つの段階で徐々に進められてきた。この役職が見解の対立の結果として生まれたことを反映して、最初の任期は2年だけで、既存の基準と慣行を「確認し明らかに」することを主にめざした。これが第一の段階であった。2005年の時点では、ビジネスと人権の分野の様々な ステークホルダー・グループの間で共通理解とされているものがほとんどなかった。したがって、特別代表は、広範にわたる体系的な調査研究に取りかかった。この調査研究は現在に至るまで続いている。数千ページにのぼる資料は特別代表のウェブ ポータル サイトで見ることができる(http://www.business-humanrights.org/SpecialRepPortal/Home)。すなわち、企業によって人権が侵害されたという訴えのパターンの分類整理;国際人権法及び国際刑事法の進化しつつある基準;国家と企業により生じつつある慣行;ビジネスに関連する人権侵害に関する国家の義務に関する国際連合の人権条約機関(3)解説;投資協定、会社法、及び証券規制法が国家及び企業の人権政策・方針に及ぼす影響;関連問題、である。この調査研究は、人権理事会をはじめとして積極的に広く伝えられた。これは、現在のビジネスと人権の考察のために、より広くより確かな事実に基づいた基盤を提供してきており、また、本報告書の付録である指導原則に反映されている。

  5. 2007年に、理事会は特別代表の職務権限をさらに1年更新し、勧告を出すよう特別代表に求めた。これが仕事の第二の段階となった。特別代表は、公的にまた私的に、ビジネスと人権に関連する様々な取組みがされてきたことを知っていたが、状況を真に動かすのに十分な規模を持つに至ったものはなかったと考える。それらは、別々の断片にとどまり、一つのまとまりとして、あるいは補完的な制度として実を結ぶというものではなかったのである。その主な理由の一つは、関連するステークホルダーの期待と行動が収束できる権威あるフォーカルポイントが欠けていたことである。そこで2008年6月に、特別代表はただ一つだけ、特別代表が3年間の調査研究と協議を経て到達した「保護、尊重及び救済」枠組を人権理事会が支持することという勧告をおこなった。人権理事会は、この勧告にしたがい、決議8/7でこの枠組を満場一致で「歓迎」し、それによって、これまで欠けていた「権威あるフォーカルポイント」を提供した。

  6. この枠組は3本の柱に支えられている。第一は、しかるべき政策、規制、及び司法的裁定を通して、企業を含む第三者による人権侵害から保護するという国家の義務である。 第二は、人権を尊重するという企業の責任である。これは、企業が他者の権利を侵害することを回避するために、また企業が絡んだ人権侵害状況に対処するためにデュー・ディリジェンス(4)を実施して行動すべきであることを意味する。第三は、犠牲者が、司法的、非司法的を問わず、実効的な救済の手段にもっと容易にアクセスできるようにする必要があるということである。それぞれの柱は、防止及び救済のための手段の、相互連関的で動的な体系を構成する重要な要素である。すなわち,、国家は国際人権体制のまさに中核にあるが故に、国家には保護するという義務がある。人権に関して社会がビジネスに対して持つ基礎的な期待の故に、企業には尊重するという責任がある。そして細心の注意を払ってもすべての侵害を防止することは出来ないが故に、救済への途が開かれている。

  7. この枠組は、人権理事会にとどまらず、各国政府、企業と業界団体、市民社会そして労働者組織、国内人権機関(5)、投資家に支持され、採用されてきた。それは、国際標準化機構や経済協力開発機構などの多国間機関がビジネスと人権の分野でそれぞれの取組みを進める際にも利用されてきた。他の国際連合特別手続(6)でもこれを広く引き合いに出している。 

  8. 枠組固有の有用性とは別に、特別代表によってその任務遂行のために招集された数多くの、そして多様な参加者によるステークホルダー協議が、この枠組に対する幅広い好意的評価に役立ったことは疑いない。実際2011年1月までに、特別代表はすべての大陸で47の国際協議会合を持ち、特別代表とそのチームは20カ国以上で事業拠点視察と現地のステークホルダー訪問をおこなった。

  9. 決議8/7で、「保護、尊重及び救済」枠組を歓迎した人権理事会はまた、特別代表の職務権限を2011年6月まで延長し、枠組を「運用できるようにする」こと、すなわち、枠組の実施のための具体的かつ実行可能な勧告を出すことを求めた。これは特別代表の仕事の第三段階である。2010年6月の理事会会期で 「双方向対話」(7)において、各国政府代表は、勧告が「指導原則」の形をとるべきことで合意した。この指導原則は、本報告書の付録となっている。

  10. 指導原則を作成するうえで、理事会は特別代表に対して、彼の任務を最初から特徴づけていた調査研究と協議というやり方を維持するよう求めた。したがって、この指導原則は、政府、企業と業界団体、世界のさまざまな場所で企業活動から直接的に影響を受けている個人と地域社会、市民社会、そして指導原理が触れている法律や政策の多くの領域の専門家を含むすべてのステークホルダーとの広範な話し合いの成果を取り入れている。

  11. 指導原則のいくつかはすでに実地テストも済ませている。たとえば、企業と企業が拠点を持つ地域社会が関連する非司法的苦情処理メカニズムの有効性の要件に関わる指導原則の部分は、5つの分野において各々異なる国で試された。指導原則の人権デューディリジェンス条項の実行可能性については、10の企業で内部的に試され、40以上の法域に精通した20以上の国からの会社法専門家と細部にわたる議論が重ねられた。紛争影響地域でしばしば起きる様々な人権侵害に企業が巻き込まれるのを回避するために、政府がどのように支援すべきかということを論じる指導原則は、これらの課題に取り組んできた実務経験を持つ国家の様々な部局からの担当者が集まって持たれた、オフレコで想定事例を使ったワークショップから生まれたものである。端的に言えば、この指導原則は実行可能であるというばかりではなく、実際行われてきたことをも考慮に入れた指針を提供することを目指している。

  12. さらに指導原則の本文自体が広範な協議を経てきたものである。2010年10月には、注釈つきの概要が、人権理事会の政府代表団、企業と業界団体そして市民社会団体それぞれと別々に持たれた一日協議で話し合われた。同じ文書は、国内人権機関国際調整委員会(8)の年次会合にも提出された。そのようにして表明された多様な見解を考慮に入れて、特別代表は指導原則とその解説の草案全体を作成し、これを2010年11月22日に全加盟国に送付し、パブリック・コメントを求めて2011年1月31日までオンライン掲載をした。 オンライン協議には120の国及び地域から3,576人のユニーク・ビジターがあった。政府からのものを含め約100の書面による提案が直接、特別代表に提出された。これに加えて、指導原則草案は、2011年1月に開催されたマルチステークホルダー専門家会合で、またその時会期中であった理事会の代表団とも話し合われた。このたび理事会に提出された最終版はこの広範かつ包括的手法の産物である。

  13. この指導原則は何をするのか。また、それはどう読まれるべきなのか。指導原則を理事会が是認、支持することそのものがビジネスと人権の課題に終止符を打つことにはならない。けれども、これは終わりの始まりと言えるであろう。それは、行動するための共通のグローバルな基盤を築き、その上に、他の有望でより長期的な展開を妨げることなく、一つずつ前進を積み重ねていくということである。

  14. この指導原則の規範的貢献は、新た国際法上の義務を作ることではなく、国家と企業のための既存の基準と慣行が持つ影響を詳細につめることにある。それは、既存の基準と慣行を、論理的に首尾一貫したそして包括的な一つのひな型にまとめること、そしてどこに現在の体制で足りないところがあるのか、またいかにしてそれを改善すべきかを明確にすることである。各々の原則には、さらにその意味と影響を明らかにする解説が付けられている。

  15. 同時に、指導原則は、棚から取り出しすぐに使えるツール・キットとして考えられてはいない。原則自体は普遍的に適用可能であるが、それを実現する手段は、192の国際連合加盟国、80,000の多国籍企業とその10倍の子会社、またそのほとんどが中小企業である数え切れない何百万という現地企業がある世界にわれわれが住んでいるという現実を反映するものになろう。したがって、実施のための手段ということになれば、一つのひな型がすべてに適合するというわけにはいかないのである。

  16. 特別代表は、この指導原則を人権理事会に提出できることを光栄とするものである。同時に、社会の様々な部門や業界を代表する、世界各地の数百にものぼる個人、団体、諸機関の並々ならぬ貢献に謝意を表したい。彼らは、無償で時間を割いてくれ、自分たちの経験を忌憚なく分かち合ってくれ、選択肢について熱心に語り合ってくれた。特別代表の任務を支援して、ビジネスに関連する人権侵害の効果的防止と救済に関して普遍的に適用でき、かつ実行可能な指導原則を確立しようという、ひとつのグローバルな運動を起こすことになった人たちである。


(1) 訳者註)国際連合人権委員会(Commission on Human Rights)は1946年から2006年まで、経済社会理事会(ECOSOC)のもとにおかれた機関で、その構成は国際連合加盟国の中から選挙で選ばれたが、2006年時点では53カ国であった。2006年人権委員会に代わって国際連合総会のもとに人権理事会(Human Rights Council)が新たに設けられた。

(2) 訳者註)人権保護及び促進のための小委員会。委員は人権委員会で選出され、独立した個人の資格で加わる。2006年人権理事会創設のときに人権委員会とともに廃止された。人権理事会は個人の資格で選出される委員によって構成される諮問委員会を持つが、その権限機能は小委員会に比べて大幅に縮小されている。

(3) 訳者註) 国際連合で作られた人権条約のうち、2011年10月現在10の条約で条約履行を監視するための委員会が設けられており、政府からの条約義務履行に関する報告書の審査、勧告等をおこなう。

(4) 訳者註)「相当の注意」とも訳されるが、企業と人権の問題の分野では「デュー・ディリジェンス」というのが一般的になっている。

(5) 訳者註)1993年12月国際連合総会決議でパリ原則が承認され、国内人権機関のひな型が示された。国内人権機関とは、既存の公的機関とは別に、人権保護に関して人権侵害調査、人権促進、人権教育、政府、議会などに対する人権政策や立法に関する助言など、幅広い機能を持つとされる。人事と財源の独立性を持つことで、政治的な影響を免れるよう配慮されている。国際連合では各国にこの国内人権機関の設置を勧告し、多くの国際連合加盟国がこれに応えて国内人権機関を設置してきた。国際レベルでは国内人権機関国際調整委員会、アジア太平洋地域ではアジア太平洋フォーラムがあり、各国の国内人権機関の相互協力が図られている。2011年現在、日本では国内人権機関が設置されていない。

(6) 訳者註)国際連合人権理事会は、人権課題や特定国の人権状況に取り組むために、特別報告者、特別代表、独立専門家、作業部会を設け、専門家を独立した個人の資格で任命している。これらをまとめて特別手続(Special Procedures)という。その報告書は人権理事会や総会に提出される。人権と多国籍企業及びその他の企業の課題に関する事務総長特別代表もこの特別手続の一つである。

(7) 訳者註)人権理事会では、特別報告者や特別代表が報告書の提出とともに報告書の説明を行い、それを受けて各国政府代表がコメントをすることが慣例になっている。質疑応答や、さらに追加的なコメントもあるために、双方向対話といわれる。

(8) 訳者註)世界各地の国で設けられている国内人権機関をつなぐネットワークとしての役割を持つ集まりである。2010年の時点で約70の国内人権機関が参加を認められている。