ヒューライツ大阪は、6月25日に「私のアイデンティティを語るー日本とコリア、そしてジェンダー」+ジェンダー理解のためのイチオシ韓国ドラマ」(6/25)を開催しました。講師は、文教大学教授で、大学では日韓の歴史や文化を通じてジェンダーを教えている山下英愛さんです。32名が参加しました。
このイベントは、ヒューライツ大阪の事業の重点テーマの一つである「交差性・複合差別」の理解を深めるための企画です。複数のマイノリティ性を持つ人の経験や思いを丁寧に聞く場を継続してもつことで、「交差性・複合差別」が具体的にどのようなものであるかを明らかにしていきたいと考えています。
今回は、お父さんが在日コリアン、お母さんが日本人で、いわゆる「ダブル」であること、そして女性であることというマイノリティ性を持つ山下英愛さんの人生の前半を聞きました。
以下、山下英愛さんの講演の概要をまとめます。
まず、ナショナル・アイデンティティの葛藤のプロセスが語られました。かつて朝鮮総連の活動家であったお父さんと「朝鮮人」になろうとしたお母さんのもとで育ち、朝鮮学校に通い、民族名を当然のものとして使っていました。ところが、小学6年の時にお父さんが総連を離れたのをきっかけに、突然、山下さん自身が実は日本国籍を持ち、戸籍上の姓が「山下」だと告げられます。そして中学から"本名"の「山下英愛(やました えいあい)」として日本の学校に行けと言われ、衝撃を受けます。思想教育が強かった当時の朝鮮学校の状況に息苦しさは感じたものの、中学校は朝鮮学校しか考えられなかったのです。まさにアイデンティティの混乱がおこり、自分が朝鮮人なのか日本人なのか、何者かについて悩みました。また、小学校で器楽合奏部では男の子だけが指揮者をしたり、先生からは女の子は髪を伸ばすように言われたりして、固定化された性別役割に違和感を持っていました。そうして高校時代になってジェンダー差別にめざめます。大学から大学院の頃は、日本で盛んになり始めた女性学の影響を受けて、在日コリアン女性の友人たちと読書会をつくって朝鮮半島の女性史の勉強をはじめます。アジアの女たちの会のメンバーから「やました よんえ」と名乗ることを提案されたのもこの頃です。
ソウル・オリンピック開催年の1988年、父の故郷の文化と言葉を知ることと韓国の女性史を学ぶために韓国に留学します。そこで「慰安婦」問題に出会い、この運動に邁進しますが、当時、民族的な怒りと共感が韓国社会にひろがる中で、「慰安婦」問題の解決運動が民族言説にからめとられたような思いを持ちました。例えば、朝鮮人「慰安婦」は「強制」された被害者であるが、日本人「慰安婦」は「自由意思」で売春をしたから性奴隷ではないというような見方をされたことも疑問でした。そこで韓国での修士論文では、公娼制度下の娼妓も構造上の強制があったことを示すため、朝鮮の公娼制度を研究しました。こうした韓国での経験が、自らのアイデンティティ問題の解決の鍵となりました。振り返ると、日本社会を含め、自分が属してきた様々なコミュニティの共通点は、男性中心的/家父長的に形成された社会でした。その一つとして、子は父の姓と国籍を受け継ぐものだという考えが根強く残っていました。
山下さんは、日本人か朝鮮人(韓国人)かというように他者/自己に対して二者択一をせまる考え方自体が、男性中心的/家父長的なものだと言います。ナショナル・アイデンティティはさまざまな属性の一つで、どこかに同一化させる必要もなく、ありのまま受け入れればいいと言います。それは絶対的なものではなく、変化しうるものだという考えをもっています。
前半部分に関する参加者のアンケートでは「日本に住む日本人としてマジョリティであることで見えないマイノリティのリアルを垣間見て、学びました」「私は私。他の何ものでもない。人にカテゴライズされるものではなく、自分で自分軸で生きていく、自分の中のどんな感情も大切にしたい。そんな気持ちにあらためてなりました」などの声が寄せられました。
後半は、ジェンダー理解のためのイチオシ韓国ドラマ「妻の資格」(2015)の紹介でした。また、韓国のジェンダー事情の近年の変化に言及があり、「魔女の法廷」(2015)、「ライブ」(2018)、「恋愛ワードを入力して下さい」(2019)などが追加のおすすめドラマとして挙がりました。