国連の目的や原則、さらに国連の様々な組織の役割について定めた国連憲章は、その第1条3項において、「人種、性、言語又は宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること」を国連の目的のひとつとうたいました。
この目的のために設立された国連人権委員会はまず、その後の国際人権保障の基礎ともいうべき世界人権宣言(1948年)と国際人権規約(1966年)を完成させます。
1967年には経済社会理事会が決議によって、国連人権委員会には「人権侵害の一貫したパターンを示す事態」を徹底的に研究して報告する権限があることを認め(1235手続)、また個人からの人権侵害の通報にも対処することができるようになりました(1503手続)。
さらに国別手続とテーマ別手続によって国連人権委員会は人権基準作りから人権の保護へと大きく舵を切ります。
1993年の世界人権会議とその成果であるウィーン宣言および行動計画は、もはや人権は国連もしくは国際社会の目的の一つではなく、人権こそが最も重要な価値でありあらゆる組織やその活動の方向を決める指針であることを確認しました。
2006年には、どうしても政治的な力関係を排除しきれない国連人権委員会を、国連総会の補助機関である国連人権理事会(47カ国で構成)に格上げし、その理事国になるためには人権保障に積極的な国家であることが求められることになりました。
このようにして「国連システムの中での人権の主流化」が推し進められてきたのです。
(中井伊都子)