もしも、すべての国が、人権条約に定められた人権を自国の憲法に取り込み、条約上の人権と憲法上の人権を一致させれば、世界中の人権規定が統一され、文字通りの「人権の国際化」が実現します。しかし、実際には、憲法上の人権は、その国が独自に定めているため、憲法上の人権と条約上の人権は必ずしも一致せず、両者の間に一定のズレが生じざるをえません。
このズレには2つのパターンがあります。ひとつ目は「憲法に定められている人権が、条約には定められていない」というパターンのズレであり、ふたつ目は「条約に定められている人権が、憲法には定められていない」というパターンのズレです。このうち、ひとつ目のパターンのズレは、あまり問題ではありません。なぜならば、条約に定められていない人権を憲法で定めているということは、その国は国際的なスタンダードを越える人権規定を持っているということであり、それは人権保障にとってむしろ好ましい状況であると考えられるからです。
一方、ふたつ目のパターンのズレ、つまり条約に定められている人権が、憲法には定められていないという場合は、人権保障にとって大きな問題が生じます。なぜならば、条約上の人権が侵害されても、憲法上の人権侵害とはならないため、救済されない可能性が出てくるためです。例えば、自由権規約27条には、少数民族の文化享有権や言語使用権が保障されていますが、日本国憲法には少数民族の権利を保障した条文はありません。あるいは、子どもの権利条約31条には、子どもが年齢に適した遊びを行うことができる権利が保障されていますが、日本国憲法に同様の権利は規定されていません。
条約では保障されているけれども、憲法には規定されていない人権が侵害された場合、どうなるのでしょうか? この問題を考える際には、「条約は国内においてどのように効力を発揮するか?」ということを考えなければなりません。これを「条約の国内法的効力」といいます。
この問題については、次の2つの考え方があります。ひとつは「条約を国内で適用するためには、法律などの国内法に変形しなければならない」という考え方であり、これを「変形方式」といいます。この考え方を採用している国の代表がイギリスであり、イギリスでは、政府(形式的には国王)が条約を締結したとしても、それを国内的に適用するための法律を議会が制定しない限り、条約は国内的な効力を持ちません。
しかし、この方式を採用している国は例外的で、多くの国では、正規の手続を経て成立した条約は、そのまま国内的にも効力を発生させ、適用することができるとされています。このような考え方を「一般的受容方式」あるいは「編入方式」といい、日本もこちらの考え方をとっています。
日本は一般的受容方式を採用しているので、憲法に定められていない人権でも、日本が批准した条約に定められている人権であれば、国内的な効力を持っています。したがって、その人権が侵害された場合には、しかるべき救済を受けられなければなりません。しかしながら、実際には、日本の裁判所や行政機関は、条約でしか定められていない人権の適用に消極的であるといわれています。この点をどのように改善していくかが、今後の課題といえるでしょう。
(金子匡良)