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「性と生殖に関する健康と権利」を取り戻す【障害×女性】

【 インタビュー 】

藤原 久美子

中途視覚障害者になって

 私は10代で1型糖尿病になり、その合併症のために34歳頃から見え方が変化し、入院後に一度全盲になりました。手術を繰り返し、今は右目の狭い範囲がぼんやり見える程度です。左目は全く見えません。視覚障害者のなかで点字が読める人は、1割くらいしかいません。いま中途視覚障害者が増えていますが、私を含め点字の習得が難しいです。

 複合差別に関心を持つ前から障害者自立生活センター「神戸Beすけっと」で働いていました。私たちが考える自立とは、障害者がずっと施設や家族の庇護の下にいるのではなく、ひとりで暮らしたり自分の家族を持ったりすることを言います。大切なのは、「自分で決めること、自分で選択すること」で、それを応援するのが自立生活センターです。発祥は米国の公民権運動の影響を受けた自立生活運動で、これが日本に紹介され、支援サービスの拠点として発展してきました。今や日本全国に100以上ある自立生活センターの一つが「Beすけっと」です。自立生活センターには、スタッフの半数以上が障害者であること、そして代表や事務局長も必ず障害者であることという要件があります。介助者には障害のないスタッフも多くいますが、障害のあるスタッフは当事者同士によるピア活動をしています。ピア・カウンセリングの理念に基づき、「上からやってあげる」のではなく、当事者として対等な立場でサポートします。私は「Beすけっと」の前身の作業所の頃から利用者として関わっており、その後ボランティアを経て、現在21年目になります。


「中絶」をすすめられる中での出産

 10年くらい前のDPI(障害者インターナショナル)日本会議の大会で、障害女性の分科会があり、女性であり障害者であることで、大変なことや生きづらいと思うことがあったら話してほしいとパネラーに呼ばれました。私はそれまで複合差別について正直ピンときていませんでした。目が見えないために育児で大変なことは確かにありますが、それは男性障害者が育児をする場合も同じです。しかし、出産については別。障害がなかった頃、「早く子どもを産め」と周囲から言われていたにもかかわらず、障害をもった後で妊娠すると、産婦人科医と親族から「中絶しろ」と言われました。医者は、障害児が生まれるリスクが高いことを気にしていました。私は、年齢のこともあり、産みたいと言いましたが、医者は「そんなに子どもが欲しいなら、今回は流して、体調を整えてから次の機会に産みましょう」と言ったのです。親は、障害のある私が子どもを育てるのは大変だという理由で反対したのでしょう。当時の私は、反対する側の気持ちもある程度分かりました。しかしただ悲しかったです。自立生活センターでは、たとえ障害があっても地域で生きていけると言われてきましたし、私は子どもが欲しかったこともあり、障害を理由に中絶するなんて考えもしませんでした。私が女性で障害者だからこそ、中絶するよう言われたんだと思いました。

 分科会でその話をしたら「そんなひどいことがあったの!」とみんなに驚かれて、そんなにひどいことだったんだと顧みることができました。出産後も、視覚障害のある私が家事育児をするのはそれなりに大変ですし、連れ合いと分担します。しかし私の母は、女の私が家事育児をやるのは当たり前という考えが強く、私ができない時はすべて障害のせいにします。連れ合いが家事をしたら、すごく褒めて、「本当は久美子が、せなあかんのに申し訳ない」とも言いました。私はDPIで固定的性別役割分担をしなくていいと知ったため、全部やる必要はないと思い、パートナーに結構やってもらいました。育児に男性も関わるべきだと思い、分担してやっていますが、周りからすれば「障害ゆえにできないから、してもらってる。夫さんはかわいそう」というふうにとらえられるのが面倒くさいです。連れ合いは、面倒見がよく、私よりもまめに子どもを世話してくれました。それから、娘が2、3歳の頃に手を繋いで歩いていたら、街で見知らぬ人に「偉いねー」と娘が。「母親が面倒を見てもらって、子どもが大変だね」と家族が大変な思いをしているようにとらえられがちです。

 分科会では私の発言の他に、参加者のいろんな経験を共有できました。たとえば先天性障害の女性のなかには、親戚の集まりで、自分だけ恋愛や結婚はないものとされる女性がいるそうです。また、病院で子どもを産みたいといったら医者にびっくりされたり、子宮の病気の治療のために病院に行っても、「子宮を取ったら治る」と悪びれずに言われたりしたそうです。障害女性の性と生殖に関する健康と権利が本当に否定されてきたと感じます。


障害女性の当事者運動に奔走

 私は2016年からDPI女性障害者ネットワーク(以下、女性ネット)の代表を務めています。私が代表になる前から、女性ネットは、政府が障害者制度の改革をするにあたって障害女性たちの複合差別のことを文言に入れるためのロビー活動をしたそうです。障害者権利条約は当事者参画を謳っています。そして民主党政権下で、「障がい者制度改革推進会議」ができました。その委員の半数以上は当事者や支援者が占めましたが、ただし当事者の委員は男性ばかりで、女性当事者は1名だけでした。女性ネットは主に彼らに対してロビー活動をしたものの、同じ障害当事者であっても男性委員にはなかなか複合差別の問題が伝わらなかったそうです。ロビー活動で、委員から「複合差別のデータを示してほしい」と言われましたが、性別クロス統計がないために、障害のある男性との比較ができませんでした。障害のある女性とない女性の統計データもないということで、女性ネットが実態調査をはじめました。Aチームは実際の声を聞き取り、それを集計しました。回答者(87人)中、35%(31人)が性的被害を経験したことが明らかになりました。Bチームは、全国の男女共同基本計画とDV防止法にもとづく計画において障害者がどれだけ想定されているかを調べました。女性の施策にどれだけ障害者が意識されているかを調べたのです。記載されていた施策には、「視覚障害の女性にお茶やお花を教える」など、女性役割に囚われたものがありました。この報告書は『障害のある女性の生活の困難 : 人生の中で出会う複合的な生きにくさとは:複合差別実態調査報告書』(2012年3月)というタイトルで、DPI日本会議とDPI女性ネットがキリン福祉財団の助成で自主出版しました。韓国で報告した時に、ダイジェスト版を韓国語と英語に翻訳しました。また当事者の手によって作成された報告書は珍しいということで世界的にも注目され、2017年に

 タイで開催されたPMACという世界保健機関(WHO)関連の国際会議において、JICA(国際協力機構)の要請で発表しました。

 私はこの報告の英語版ダイジェストなどを持って、2015年7月に、スイスのジュネーブで開催された女性差別撤廃委員会にロビー活動をするために行きました。女性差別撤廃条約の締約国である日本政府が委員会に提出した報告をもとに、審議の際の日本政府への質問リストを作成する会議だったのですが、日本の女性施策にも国連の女性差別撤廃条約にも障害者のことがほとんど書かれておらず、当事者が声を上げるべきということで、私も行くことになりました。ロビー活動に頑張ったものの、女性差別撤廃委員たちが私たちの主張を理解してくれたかどうか確信が持てず、優生保護法の問題がちゃんと取り上げられるか心配でした。質問リストに入らなければ、審査の場で日本政府に質問がなされないからです。ジュネーブを発つ日に、きちんと書き込まれていることがわかり、すごく嬉しかったです。2016年2月の実際の審査が行われた後、委員会がまとめた総括所見にも、こちらが伝えたことはほぼ入っていました。特に優生保護法に関しては、今までの勧告よりも踏み込んで、「加害者が特定できるなら訴追しなさい」という文言が入りました。


前進したもの、変わらないもの

 一般事業者の合理的配慮の義務化をめぐってなかなか決まらなかった障害者差別解消法の改正法案が2021年にようやく国会で可決されましたが、またもや、障害女性の委員は障害男性に比べてはるかに少ないです。複合差別は事例も少ないため、どう対応したらいいかわからず、条文に入れられないといいます。女性ネットで事例を出していますが、法律の立て付けとして難しいと言われています。ですが複合差別は実際に存在しています。どうすれば法律に組み込むことができるかを考えていきたいと思っています。

 障害女性をとりまく状況はいい方向に変わってきた部分もありますし、全く変わらない部分もあります。変わった点は、少なくとも私たちのような小さな団体が今回のヒアリングでも呼ばれるようになりました。障害者運動では障害女性が少しは前に出てきたのかなと思います。しかしながら、男女共同参画においては障害に対する認識はまだまだ低いですし、当事者団体においては複合差別に対する認識がまだ低いです。リプロダクティブ・ヘルス・ライツに関して、男性障害者は自分たちも権利を奪われているという思いがあり、女性の権利に関してなかなか理解しづらいようです。

 自立生活センターでも女性リーダーを育てる必要性があります。昔から活動している全国各地の障害者団体では、まだまだ役員のほとんどが男性です。実際は女性が事務局長のような重要な地位に就いて組織を動かしているところが多いのですが、にもかかわらず、組織のトップや国の委員会に出ていく代表は男性です。社会の流れとしては性別に関係なく大学教育を受ける人が増え、「女らしく」という言葉をあまり言われずに育った若い女性も増えました。女性であることや障害を理由にしてあからさまに教育の機会を奪われることも、昔に比べれば少なくなってきました。女性たちは力をつけてきているという期待もあります。問題は40代から50代以上の世代の女性たちが直面する自分との闘いです。その世代から上の人たちは「女は一歩引いて男に任せる」といった性差別的な価値観を植え付けられてしまっている人が多いです。それゆえに、運動の場や家庭で自身の考えを主張することがなかなか難しいです。コロナ禍における障害女性の声をメールで集めています。コロナ禍がこれだけ長く続くと深刻化する事例も予想できます。それらを見えないものにしないために活動しています。

 障害女性の育児に関しても、今は国が通達を出し、各自治体が一部のサービスを育児支援に使うことを認めています。各自治体がそれぞれ障害の程度(インペアメント)により、時間数など規定しているようです。例えば、支援区分3の人は月20時間まで、などです。しかしネット上では「税金で子ども育てるな」と書かれるなど、人びとの意識の面ではまだまだ障害者への理解がないと感じます。特に障害者差別解消法ができて以降、弱者が権利を訴えた後の方がそういう反発が強くなっているようです。どこまでも「障害者は守られる立場だから、偉そうなことを言うな」と思われているように感じます。

 前進した部分もあります。私の視覚障害との関連でいうならば、スマートフォンの機能の発達である程度補えるようになってきた部分もあります。一方で、人びとの視線や周囲の態度が変わらない限り生きづらさは続くため、社会的な部分にこそ障壁が多いです。


(聞き手:朴君愛、インタビュー:2021年9月3日)