2013年8月31日から9月4日の日程で、中国の東北部、吉林省延辺(ヨンビョン)朝鮮族自治州を訪ねるスタディツアーを実施しました。主な日程は、図們(トムン)市や龍井市(リョンジョン)の史跡、博物館の探訪、州都の延吉市にある延辺大学女性研究中心(センター)でのワークショップ、そして延辺地区で活動している朝鮮族女性団体との交流です。参加者16名とともに、現地の訪問先で歓待を受け、中国と南北コリアの文化が入り混じった「多文化」な空気を味わってきました。また東アジアの近現代史を考える機会にもなりました。(※地名は、朝鮮語読み)
企画した側も十分に楽しみ、発見し、考えることができたのは、現地の通訳と案内そして様々な裏方の仕事も担ってくれた延辺出身で大阪在住の蔡春花さんと延辺大学学生の宮崎洋一さんの活躍があったからです。二人から寄せられた感想文は次のとおりです。
延辺朝鮮族自治州スタディーツアーに参加して 宮崎洋一.pdf
1日目は関西空港と羽田空港からの出発グループが北京空港で出会い、その日夜に延吉空港に到着しました。
(写真左)図們江(豆満江)の遊覧ボート。左岸が北朝鮮側で右岸が中国側。
(写真右)日本の旧間島総領事館跡(龍井市)
2日目は、まず延吉市からバスで1時間余りの北朝鮮との国境の町、図們市を訪ねました。最近開館された「中国朝鮮族無形文化遺産展覧館」という博物館で説明を聞いたり、中朝国境を流れる図們江(韓国・朝鮮側では、豆満江)の遊覧ボートに乗りました。また延吉市に隣接する龍井市を尋ねました。かつて間島と呼ばれたこの地方の中心地で、「満洲国」の一部でした。現在は、龍井市の庁舎になっている日本の総領事館跡や植民地時代に福岡の刑務所で獄死した詩人の尹東柱(ユン・ドンジュ)の通った中学校跡の記念館などを訪れました。夜には、通訳案内をお願いした蔡春花さんの延吉市内にある実家を訪問し、朝鮮族の家の様子を見せてもらいました。
(写真)延辺大学女性研究中心でのワークショップの様子
3日目は、「延辺大学女性研究中心」の室長の金花善(キム・ファソン)先生が、広大なキャンパスを持つ大学の正門で私たちを迎えました。キャンパス内の案内を聞きながら、ワークショップをする丘の上の校舎まで歩きました。ワークショップは、延辺大学女性研究中心と大阪府立大学女性学研究センターが共催し、ヒューライツ大阪が協力で実施しました。テーマは、移住女性の現状とそれをとりまく社会の変化と課題について4人が報告しました。朝鮮族の集住地域である延吉市は、朝鮮族が6割近くを占めますが(2009年)、韓国をはじめとする海外への移住労働や中国国内の都市への移動で、人口が減少しつつあり、また出稼ぎなどのため、単親家庭や両親が養育しない家庭が自治州の半分を越える状況などが報告されました。日本からは、日本の女性をとりまく現状と、在日コリアン女性へのインタビュー調査の報告がありました。各報告に対する活発な質疑応答がされ、まずは、日本と中国朝鮮族の社会の相互理解を深めました。
(写真左)延吉市内の市場の様子。 看板は必ず朝鮮語と中国語併記することになっている。
(写真右)女性団体の代表者との交流会で記念撮影
4日目は、延辺朝鮮族自治州創立61周年で休日でした。爆竹の音が鳴り響く延吉市内中心街のビルの一室で、延辺の女性団体の代表者との交流会を行いました。社会教育研究会会長で延辺大学の教授でもあるリュ・ヘソンさん、リーダーシップセンターの代表で「家族幸福協会」理事のキム・キョンヒさん、延辺朝鮮族伝統飲食協会会長で、延辺韓食料理アカデミー院長のキム・スノクさん、延辺朝鮮族女性発展促進会の女性文化教室室長であるキム・ケウォルさんが、休日にもかかわらずかけつけて、それぞれの団体の活動紹介をしていただきました。活動の中心になっているのは、仕事を退職した50代、60代の女性たちで、また延辺大学の現職・退職した人たちが積極的に講師などを務めているということでした。
続いての昼食交流会は、延辺朝鮮族伝統飲食協会会員であり、代表者の一押しの朝鮮料理のお店で行いました。「カルビタン」「明卵(明太子)ピビンバ」「コン・ククス(豆乳冷麺)など日本でもおなじみの料理を食べました。そして、庶民のマーケットである西市場やまた百貨店のデパ地下も楽しみました。最後の夜は、柳京飯店で、北朝鮮の女性たちによる文化公演を見ながらの夕食になりました。
延辺スタディツアー実施にあたり、国境を越えて、いろんな人たちの協力をいただきました。日本からの参加者も背景も多様で、移住女性につながる様々なテーマをもって市民活動や研究を進めている人たちが多く、貴重なネットワークの場ともなりました。詳しい報告は、ヒューライツ大阪日本語ニュースレター『国際人権ひろば』112号(2013年11月)に掲載します。