セミナー「部落女性の現状と差別の交差性」を開催しました(10月31日)
人種差別撤廃NGOネットワークは10月31日、部落解放同盟兵庫県連合会の女性部長の植村あけみさんと、大阪市立大学教授でヒューライツ大阪所長代理の阿久澤麻理子さんを報告者に招いて、セミナー「部落女性の現状と差別の交差性」を大阪市内で開催しました。このセミナーは、人種差別撤廃条約への日本加入20周年にちなんで2015年に企画している連続セミナーの第4回目にあたるもので、ヒューライツ大阪は共催しています。
国連人権諸条約を監視する機関は、マイノリティ女性の実態調査をするよう繰り返し促してきましたが、日本政府はそれに応えていません。そうしたなか、兵庫県の部落女性たちは独自で調査を行いました。今回は、調査や分析に関わった二人から報告を受けました。セミナーの参加者は50名でした。以下は報告概要です。
人種差別撤廃条約 日本加入20周年連続セミナー第4回「部落女性の現状と差別の交差性」
<植村さん> 日本は、2003年に行われた女性差別撤廃条約の実施に関する審査の結果、女性差別撤廃委員会から、マイノリティ女性の教育、雇用、健康、暴力被害をはじめとする包括的な情報を次回の審査までに提供するよう要請されました。政府が調査を実施しないなか、アイヌ、部落、在日朝鮮人(コリアン)の女性たち自らが調査を行ったのです。
その取り組みに解放同盟兵庫県連女性部も呼応し、2009年に兵庫県内の被差別部落に住んでいる、あるいは住んだことのある女性を対象に調査を行い、10代から80代までの女性5,351人から回答を得ました。その調査によって、不安定な雇用状況、不十分な社会保障、医療制度、結婚差別をはじめとするさまざまな被差別体験、DV被害などが明らかになりました。
調査は、①自らの実態を自分たちが明らかにしたこと、②それまで調査の対象であった部落女性自身が行うことで、部落差別、女性差別および複合差別を見抜こうとする力量がついたとともに、男性を巻き込んだ意識啓発ができたこと、③漠然としていた課題が数字として表れ実態を訴えるうえで大きな力になったという大きな意義をもっています。
調査の結果を阿久澤さん、神戸学院大学の神原文子さん、近畿大学の熊本理抄さんの3人の研究者に分析してもらいました。そこから見えてきた今後の課題は、まず若年層において部落問題を学習する機会が少なくなっており、差別を見抜く力が養われなくなっている傾向があること。それをふまえて、若者の人材育成と地域の運動への参画をうながす取り組みが急務だという課題を認識しました。
特別措置法の期限切れに伴い、各種制度がなくなったことによる若年層の低学歴傾向や不安定就労といった悪循環に陥っている状況が判明しました。その負の連鎖を断つことが必要です。
女性差別と部落差別が複雑に絡み合った複合的な差別の克服が大きな課題だと指摘されています。教育や就労などにおける部落女性の状況が改善されることが、マイノリティ女性をはじめ他の多くの女性の課題解決に大きく前進するのではないかと思っています。2015年は同和対策審議会答申から50年目の年にあたります。部落解放運動によってもたらされた成果と、まだ解決に至っていない問題に取り組んでいくことも大きな課題です。調査の分析を通じて、マイノリティ女性のエンパワメントを推し進めて、女性だけにとどまらず男性の意識変革の機会を創りだす取り組みが重要な課題であると考えています。
<阿久澤さん> 部落の実態調査を国が最後にしたのは総務庁による1993年の調査です。2002年に「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」が期限切れしてから13年。法律がないから対象地域がないことになり、ここが部落であるとか、この人が出身者であると名指すようなことは差別につながるといった意識が強くなってきていると思います。実態調査は、自治体によっては実施しているけれど、多くのところではできなくなってきています。そうしたなか、市民社会の側から調査を行うことは大きな意味があると思います。
私は教育と労働を分析しました。教育(学歴)は奨学金制度などに関わる法制度が大きく変えたというのが数字にはっきりと出てきました。また、親の就労環境の改善も影響を及ぼしていることがわかりました。
部落差別と女性差別がどう関係するかについて、部落女性ということで積み重なる差別があることを神原さんは分析しています。たとえば、60%の女性が部落差別だけではなくて、元夫からのDV、地域における差別、ひとり親差別といった2種類以上の差別を経験していると指摘しています。それは、単に積み重なるということだけではなくて、複合的に絡み合っているのが複合差別の特徴だといえます。外からの差別と、中にいる男性からの差別とが複雑に絡み合っています。
熊本さんは、パートナーからの暴力を受けたときに、部落に住んでいるか否かで相談先に差があることを指摘しています。全体的に公的機関に相談した人は少ないですが、現住地が部落の人の多くは家族や親せきなど身近な人に相談しており、部落外に住んでいる人の多くは友人・知人に相談するという結果が出ています。部落差別に対して、地域や家族がひとつのシェルターになっている一方、家族内で起こる暴力に関しては、部落内でも部落外でも相談するのが難しくなることを示しています。部落差別と、ジェンダーにからんで受ける暴力や排除とをみることは、DV相談を考えるとひとつの視点を示しているようです。
ところで、ある人がマイノリティ当事者でなくても、特定の人種の誰かと結婚していたり、関わっていたりすることで不利な扱いを受けることを「関連差別」といいます。
この多様な主体のつながりがあることをとりわけ若い年代に伝えていくことが大切です。それをどう伝えていくか。実際、多様なつながりがあることを意識することが若い年代層ではかなり危うくなってきています。
端的に表れているのが2014年に世界人権問題研究所が近畿の大学の1・2年生を対象に共生に関する意識調査を行った結果です。「あなたの身近な人の中に、障害のある人、在日韓国・朝鮮人、それ以外の在日外国人、性的マイノリティの人、被差別部落の人といったマイノリティの人がいますか」と聞きました。
「いない、わからない」に注目すると、「被差別部落の人」が9割弱で一番高い割合となっています。学校で7割の人が部落問題を学習したことがある。つまり習ってはいるけれど、具体的に出会っていないし、どこが地域かもわからない。人権教育のなかで、同和問題についてかつてのような地域と結びついた形で教えることが難しくなったと認識される傾向のなかで、みんなが他者として部落問題をみるようになってきています。つまり、マイノリティに出会わないまま人権学習が行われています。
法がない環境のなかで、マジョリティもマイノリティも部落問題をどのように学んでいくのか。そこがクリアされていかないと、ジェンダーの問題も含む多様なつながりを認識することになかなか至れないのではないでしょうか。
最後に、兵庫県連女性部の調査のなかで、「就職活動の際に差別を感じたか」という質問に対して、「わからない」という回答が20代・30代で1割前後あり、他の世代より若干高くなっていることが気がかりです。学習経験や当事者としてエンパワーしたり、差別を見抜くという学習がともすれば後退しているのではないかと考えさせられました。
参考図書:
・部落解放同盟兵庫県連合会女性部『兵庫県被差別部落女性の実態調査報告書(概要版)』(2011)
・特集「兵庫県被差別部落女性の実態調査」を見直す『ひょうご部落解放』No.157(2015)
・世界人権問題研究センター『若者の共生意識調査・報告書』(2015)
・北海道ウタリ協会札幌支部、部落解放同盟中央女性対策部、アプロ女性実態調査プロジェクト、反差別国際運動日本委員会『現代世界と人権21 立ち上がりつながるマイノリティ女性―アイヌ女性・部落女性・在日朝鮮人女性によるアンケート調査報告と提言』(反差別国際運動日本委員会、2007)
<セミナーの概要>
日時: 10月31日(土)午後2時~4時30分
会場:ドーンセンター
報告:植村あけみ(部落解放同盟兵庫県連合会女性部長)
阿久澤麻理子(大阪市立大学教授、ヒューライツ大阪所長代理)
主催:人種差別撤廃NGOネットワーク(ERDネット)
共催:アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)、コリアNGOセンター、RINK