経済格差は教育の場に反映する。富める者は上級の学校に行けるが、貧しい人は進学できない。格差が拡大、継続しているのは世界共通の問題だ。
フランスでは、1970年代後半から「郊外」が大きな社会問題になった。戦後、フランスは移民を受け入れて経済成長を続けたが、オイルショック以後、多くの移民が職を失った。政府は大都市の郊外に団地を作り、低家賃で移民たちを住まわせたが、インフラを整備、補修することを怠り、郊外は荒廃していった。麻薬や暴力や犯罪が増え、学校も荒れた。
フランスでは、そんな地域での教師と生徒を描く映画は多い。移民の多い地域を舞台にした「パリ20区、僕たちのクラス」(2008年)では、「アンネの日記」を読むことで生徒が考え始め、「奇跡の教室 受け継ぐものたちへ」(2016年)では、アウシュビッツ経験者の話が高校生の心を揺さぶる。
エリート高校の教師が郊外に転勤して
「12か月の未来図」はパリ市内のエリート高校の教師が、郊外の中学校に勤務することで直面するさまざまな問題を描く。おそるおそる郊外に来た教師は、燃えた車、たむろする若者の姿を見てたじろぐ。お行儀のいいエリート高校とは違い、ここの生徒は、授業中はおしゃべりか居眠りをしていて、真面目に授業を受けようとしない。家族も教育に無関心だ。書き取りの試験をやらせると、ほとんどできない。アフリカなどにルーツを持つ子どもたちの名前を正確に読み上げるのさえ難しい。主人公の教師は、はじめ威厳を保とうとし、強圧的な態度をとるが、生徒からは無視され、事態は悪くなるばかり。同僚の教師たちの多くも、生徒を「できない子どもたち」と決めつけて、もっと「いい学校」に転勤したいと思っている。
そこで教師は考える。周りからの助言も受けて、今までのやり方は通用しないと悟る。彼はヴィクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」を子どもたちの身に近づけて話し、本を読ませようとする。生徒の長所を評価し、自信を持たせる。そうした努力はしだいに実り、生徒は積極的に授業に向かうようになって行く。
そんな中で、ベルサイユ宮殿に遠足に行ったときに、生徒がいたずらをして、王の寝室に隠れたことから大騒ぎになり、子どもの退学の手続きがとられる。教師は、事なかれ主義の校長を恫喝するなど、さまざまな手段を使って、生徒の退学を撤回させるのに成功し、生徒も教師を信頼するようになっていく。
長期間、学校に通った監督
この映画の脚本を書き、監督したオリヴィエ・アユシュ=ヴィダルは、9か月間、郊外の学校に通い、じっくり生徒たちを観察したという。子どもたちはみんな素人だが、生き生きと自分たちの日常を演じている。
アルジェリア出身で、ノーベル文学賞を受賞した作家、カミュは、貧困のため進学できなかったが、熱心な教師が家に来て、家族を説得してくれたという話を、オランド元大統領がしたことがある。フランスの価値は平等だとオランドは強調したが、現実は、貧富の差が拡大し、教育の場の格差も甚だしい。
大阪は2年連続して全国学力・学習状況調査の結果が政令指定都市で最低点だったことから、2018年、吉村洋文市長は、学力テストの結果を校長や教師の評定やボーナスの査定に反映させると発言した。こんな成績至上主義は現場の荒廃を招くだけだ。東京では、障害のある子どもを除外する区が出てきて、問題になった。東北の成績上位県では、テストの前には音楽や美術などを削って、過去問のテストを繰り返すと聞く。
生徒に向き合う教育を
ぼくの中学時代は随分前のことだが、貧困地区があり、荒れた学校だった。窓ガラスはほとんど割れていたし、校舎の屋根瓦を結ぶ銅線をはずして売りに行く生徒もいた。ストーブの横の防火用の銅板を売ったやつがいて、警察が生徒の指紋をとったこともあった。同級生の何人かはヤクザとなり、早死にした。すぐに暴力を振るう教師もいたが、生徒の相談に親身に応じ、共に進路を考えてくれる教師たちもいた。ぼくらがこうした教師から得たものは大きい。
教育に特効薬があるはずがないが、教師を雑務から解放し、生徒一人一人に向き合う時間が必要だ。この映画の教師の悩みは、今の日本の教育現場と共通している。貧困と格差をなくす努力、そして生徒の個性をとらえ、多様な教育をおこなうことが求められている。
小山帥人(ジャーナリスト、ヒューライツ大阪理事)
「12か月の未来図」(原題:Les Grands Esprits)
2017年フランス/監督:オリヴィエ・アユシュ=ヴィダル/107分/配給:アルバトロス・フィルム
公開予定:2019年5月3日(金)~テアトル梅田、5月4日(土)~京都シネマ、5月下旬 ~シネ・リーブル神戸 配給:アルバトロス・フィルム
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