2019年3月25日~27日の日程で、韓国ソウルの人権団体を訪問しました。主な目的は二つです。まず韓国の人権NGOを直接訪問し、政府や社会に大きな影響を与えている現場の話を伺うこと。もう一つはヒューライツ大阪の重点テーマの一つであるビジネスと人権について、韓国での現状を情報収集することです。
以下、市民社会の動きとしては、代表的なNGOである「参与連帯」、そしてマイノリティの権利擁護に取り組む活動家を支援する「人権財団サラム」でのインタビューを紹介します。ビジネスと人権についての活動は、国内人権機関である韓国国家人権委員会、そして国連グローバル・コンパクトを国内で推進するための「グローバル・コンパクト韓国協会」でのインタビューを紹介します。
参与連帯(英語表記は、“People’s Solidarity for Participatory Democracy” [PSPD]
設立は1994年で、民主主義の拡がり、人間らしい暮らしが権利として保障される社会、朝鮮半島の平和をめざして活動を続けてきました。活動の原則をまとめると、1、権力に対する監視、2、批判のみならず実現可能な対案の提示、3、財政・ボランティア・キャンペーンへの市民の参加、4、社会的マイノリティとの連帯、国境を超えた連帯です。2004年からは国連の特殊協議資格を取得し、国際社会でも活動をしています。現在は、約14,000人の会員がいて、50人の専従スタッフを擁し、多くの弁護士、研究者、市民活動家など専門家がボランティアで参加しています。
← 参与連帯の事務所でもらった日本 語版の団体紹介リーフレット。 表紙は、朴槿恵政権退陣を求める ろうそく集会の写真。 |
今回は、視察・見学の受入れや会員の担当をする「市民参加チーム」の専従スタッフ、シン・ヒョンドクさんが対応してくださいました。年間80件ほどの視察・見学の内、20件は日本からの訪問が占めています。活動紹介リーフレットは日本語版が用意されていました。また東南アジアのNGOの訪問も多いということです。
参与連帯の特徴は、特定の労働組合や政党とは関係がないことです。活動資金は個人の会費であり、政府や財閥からは一切支援を受けないことを原則にしています。活動は、政府への政策提言、訴訟支援、記者会見や集会、「一人デモ」(スタンディング)など様々なスタイルを取ります。日々の活動は、司法監視センター、行政監視センター、労働社会委員会、民生希望本部、経済金融センター、平和軍縮センターなど部署ごとに課題を設定して、ボランティアの専門家と専従スタッフが任務をおこないます。参与連帯は、ソウルにだけ事務所があり、地方に支部はありません。具体的な問題が起きれば、問題毎に地域社会を含めた他の市民団体とネットワークを組んで運動を進めています。
訪問した日は、弁護士で参与連帯の活動家が、韓国の大手通信会社が新発売する「5G」の利用料が高すぎるという抗議の一人デモをしている映像をリアルタイムで見せてもらいました。スマホ料金はこのまま行くと従来の料金システムがなくなり、高い利用料でしか契約できなくなるといいます。
日本には参与連帯に比類するようなNGOは見当たりません。シンさんは、参与連帯という団体の性格について、例えば、地上げにあってテナントを追い出された個人事業主のような被害者がいるとすれば、参与連帯はその問題を分析し世論化し、被害当事者のためだけではなく、社会全体の課題にして解決に向けたアクションを起こす専門家集団であると説明しました。
参与連帯が所有するビルは、王宮跡である景福宮の西側に位置しています。ビルの屋上からは、景福宮の北側の山の麓にある大統領官邸(青瓦台)を望むことができました。官邸があるために付近は高層建築ができません。政府の権力を監視し牽制するという参与連帯のミッションを象徴するような場所でした。
参与連帯のビルの全景 | 大統領官邸(青瓦台)を望む屋上からの風景 |
URL http://www.peoplepower21.org/English (英語)
人権財団サラム(サラムは「人」という意味の韓国語)
設立は、2004年で、社会的マイノリティの人権擁護に取り組んでいる活動家を支援するための基金と空間(場所)を作る活動をしてきました。対応をしてくださったのは、所長のパク・レグンさん。穏やかな微笑をたたえたパク所長は1980年代からの人権運動の闘士です。活動歴を少し聞くと、例えば2014年のセウォル号事件の真相究明を求める行動では「違法集会」をしたということで拘束され、2016年のろうそく集会では中心的な役割を果しました。その記録が2018年6月に『朴槿恵政権退陣:ろうそくの記録』として分厚い2冊で刊行されましたが、発行人の一人としてパク・レグンさんの名前が連なっていました。
人権センター「人権中心サラム」の ビルの入り口 |
団体紹介のリーフレットの一部。 左半分にあるロゴは、人権財団サラムのめざす価値を表していて、左上は「全き人間の尊厳」、右上は「自由」、左下は「連帯」、右下は「平等」であり、また「人権」と「サラム(人間)」のハングルのはじめの子音(初声)のイメージと結合させて作ったと説明されている。右半分は、ハングルで書いた「サラム」。 |
人権センター「人権中心サラム」は、ソウル市麻浦区、まちづくりの先行事例として有名な「ソンミサン・マウル(まち)」の一角にあります。「人権中心サラム」があるビルは、人権活動家が活用するための空間として、市民から寄付を集めて購入しました。募金目標金額は10億ウォン(約1億円)。無謀ではないのかという人たちもいましたが、2010年10月に設立運動を始め、無事目標に達し2013年に開館されました。人権フレンドリーなまちだからこの場所に決めたのかと訊ねたところ、偶然いい物件があってリフォームして現在に至っているのことです。事務所はデザイン事務所のようなスマートな佇まいでした。現在の専従スタッフはパク所長をふくめて8人です。開館から数年間は、人権活動家、特に、性的マイノリティの人たちが使える会場が少なかったため、多くの利用があったそうです。その後、政権が変わり、ソウル市長も交代するなかで、現在は人権団体が利用できる公的な施設が増えたそうです。
人権財団の中心となる基金の名前は、「365基金」です。この365というネーミングは、リーフレットによると「365日、人権擁護の活動を支援します。36.5度(人間の体温)人間のことを考える人権活動家を支援します」から由来するようです。定期的な支援者もいるし、一時寄付もありますが、2017年活動報告では、定期寄付が約5800万ウォン、一時寄付が約1億3500万ウォンで、併せて日本円にすると1年間で市民から約2千万円が寄せられました。その他に、人権活動家の働く環境改善や口述活動など使途を指定した寄付の基金もいくつかあります。そうした基金は、公募で募集したさまざまなプロジェクトや人権活動家の支援のために配分されます。パク所長が強調していたのは、人権侵害に苦しんでいる人たちのために活動している人たちの状況の厳しさでした。思いを持ってはじめても疲弊してしまい活動を継続できない人たちが多いということでした。だからこそ、活動家の休息と充電も活動の柱にしています。そのなかで紹介されたユニークな取り組みは、旧盆(韓国では大きな伝統行事)で故郷に帰るのに、お金がない活動家がお土産を持っていくためのカンパでした。韓国ならではの取り組みですが、共感を呼んでカンパが寄せられ、200名を超える活動家に渡せたそうです。
支援者と活動家との交流や基金の活用についての情報公開を大切にしている様子を聞きながら、日本の人権活動家の状況はどうなのか、活動に対する支援はどうなのか、同様の課題があるのではないかと思いを馳せました。
URL http://www.hrfund.or.kr/ (韓国語)
韓国国家人権委員会
日本では、国連の人権関係の委員会からの度重なる勧告にもかかわらず、国内人権機関がいまだ設置されていませんが、韓国では2001年に国内人権機関として国家人権委員会が設立されました。国家人権委員会は、国家機関ですが、韓国は、国連の国内人権機関に関する原則(「パリ原則」)に則り、司法・立法・行政から独立した人権の専門機関として機能しています。現在の事務所はソウルの中心街の乙支路3街駅近くのビルの10階から15階にあります。ビルの入口には、目立つ看板がかかっていました。
URL https://www.humanrights.go.kr/site/main/index002 (英語)
グローバル・コンパクト韓国協会(GCNK)
グローバル・コンパクト韓国協会(Global Compact Network Korea、以下GCNK)では課長で主任研究員のクヮク・クルさんと研究員のソ・ワンさんから説明を受けました。
GCNKは現在258の企業や団体から構成されています。その内訳をみると、大企業(30%)と中小(18.8%)を合わせた民間企業の割合は全体の48.8%ですが、民間企業以外に公企業が約20%を占めます。GCNKでも国家人権委員会で説明をうけた人権経営について説明があり、国家人権委員会と協力して、人権経営の浸透に取り組まれていることがわかりました。
事務所の入口には持続可能な開発目標(SDGs)のロゴマークが大きく掲示されていました。GCNKからいただいた資料をみると、国連グローバル・コンパクトは、2017年にSDGsとグローバル・コンパクトの10原則を企業活動や経営成果につなげるためのアクション・プラットフォームを新しく提示したとあります。GCNKでもSDGsに高い関心をもって、さまざまな取り組みがなされているようです。そして2019年、GCNKは、新たに「SDGs」「企業と人権」「反腐敗」の3つのワーキンググループを立ち上げます。そこに加盟企業が自発的に参加して、議論を深め、報告書、ガイドラインなどを作成することを期待しているとのことです。総じて、日本語と韓国語という言語の違いはありながら、「ビジネスと人権」や「SDGs」といった、いわば国際社会の共通語によって議論ができることをありがたく感じました。国家人権委員会でも同じことを感じましたが、歴史や社会的背景、具体的な課題のありようは異なりながらも、共通の視点から課題や成果を理解し合えると思いました。それは人権やCSRの国際基準があってこそ可能になっていることです。
URL http://unglobalcompact.kr/(韓国語)
(朴君愛、松岡秀紀)