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インド・スタディーツアー 報告書
千代森あゆみ
インド社会研究所・報告書
スタディーツアー3日目(2004年7月27日)の午後、私達はインド社会研究所(ISI : Indian Social Institute)へ行き、講義を受けました。
ISIの活動は主に5つの部門(研究、ワークショップ、出版、ロビー活動、ネットワーク)に分かれています。研究部門(action research)ではこれまで行われてきた学問的な研究とは違い、実際に活用できる研究をすすめています。ワークショップでは22のプログラムがあり、セミナーも行っています。出版部門ではISIの政策や文書、報告書等を発行しています。ロビー活動では政府の政策や方針に影響を与えること(policy impact)を目的とし、例として、女性の日(Women's Day)に家庭内暴力防止のための法案を提案しました。ネットワーク部門ではインド国内に100万あるうちの500団体のNGOと連絡を取り合い、情報交換や協力を行っています。
ISIの職員は65名であり、そのうち25名が研究者です。彼らの給料は政府の助成金、国内・国際団体からの基金、ISI施設の貸し出しによって得られる資金等から出ています。
ISIが取り扱っている主な問題は子どもの労働、女性の権利、部族問題、カースト制度、家庭内の女性です。人身売買については女性の権利を扱う部門と家庭内の女性を扱う部門が共同で研究を行う予定です。
インドの憲法では男女平等、民主主義、雇用機会の平等といった人権について触れられています。しかし、インドではいまだに多くの人権侵害が存在しています。とくに女性の人権侵害がはなはだしく、男女の人口比からもそれがわかります。男性1000に対して、女性は933であり、女の子の中絶や生む前の性別判断(違法)が関係していると思われます。女の子の出産が避けられがちな原因は主に持参金(dowry)にあると考えられます。インドでは結婚の際、女性が嫁ぎ先の家に多額の持参金を持っていくという慣習が残っています。この持参金は社会問題の一つともなっており、持参金を払えなかったために自殺する人も多くいます。デリー市内にあるティハール刑務所(7月26日訪問)での女性受刑者の25パーセントが持参金トラブルによって生じた犯罪に関わっていました。
レイプも多発していますが、裁判での証明が難しいため、解決が困難となっています。インドの民法は宗教コミュニティー間で違い、被害者に不利な状況になることが多いため、レイプ裁判において被害者が勝訴したのはたったの27パーセントしかありません。裁判が終わるのに平均7年かかるため、精神的に絶えられなくなり、またコストが高い(14万ルピー)ために裁判の途中で諦める人も多くいます。また、女性の教育水準が低いことや、裁判後のリスクを考えることで裁判にまで持ち込まない人も多くいます。指定カーストの女性のレイプや誘拐等は特に多発しています。
宗教コミュニティーごとに民法が違うものとして、結婚、離婚、財産、子どもに関する規定が挙げられます。選挙権、立法権、雇用は平等として定められています。財産相続権においては男性に有利な相続権が存在しています。ヒンドゥーでは夫が死んだ場合、財産は息子や兄弟が相続し、妻は財産を得ることができません。ムスリムでは男性は女性の倍の財産を相続します。土地所有に関しては女性に相続する権利がありません。ヒンドゥーのみ養子縁組を行えますが、父親のサインが必要となります。(養子縁組は原則としてヒンドゥーの子のみであり、ヒンドゥー以外の子は保護者として受け入れることができます。)離婚時はムスリムの場合、夫が離婚を3回要求すると離婚できるが、妻は裁判に持ち込まないと離婚できません。1987年に法的サービス法が施行され、地位が低い人、社会的弱者は法的サービスが無料で受けられることとなり、この問題の緩和が期待されます。また、各省に女性委員会が設置され、法案の提出等が行われるようになったので、法的な男女差別の撤廃に向けて前進しているように思われます。
女性の人権が守られない理由として、教育水準の低さ、貧困、法的に女性の権利がないこと、女性に対する価値観が変わらないことがあげられます。その対策として政府による改善計画を提示、効果的なNGO活動、政府とNGOが協力して行う人口の抑制が重要となってきます。
政府は女性国会議員を増やす努力をしており、国会議員の33パーセントを女性枠として設ける法案が提出されていますが、まだ実現されていません。女性の裁判官に関してはラージャスターン州のみ女性枠が設けられています。
政府からNGOへの資金援助や意識啓発によって人口抑制をうながしていますが、男子がほしいために子どもを多く産む母親が依然多く存在し、人口増加をおさえることがまだまだ難しい状況です。息子への優遇等、養育に関しての男女差別も残っています。
NGOが協力してつくった自立団体(Self Help Group)には、村ごとに話し合いをし、資本を貯蓄、いざというとき低利子で借りられるというシステムがあります。各村でこのシステムがうまくいくと、さらに大きな資金を借りられるように銀行と連携していきます。
このように、政府やNGOが積極的に人権侵害改善に向けて努力しています。女性は宗教指導者になれないことや、ムスリムの女性がモスクに入れないなど、宗教コミュニティー内での問題もあり、前途多難でありますが、ISIの研究や活動、他団体とのネットワークを通じて女性の人権が守られていくように願っています。
感想
帰国後、友達から「インドどうだった?」と聞かれ、「インドのエネルギーを感じてきたよ」と答えた。私にとってインドはエネルギーに満ち溢れた国という印象がある。女性の人権侵害を学びに行ったのに、帰国後の私の心には出会ったインド人達の表情が染み付いている。炎天下の中、汗をかきながらリキシャをこぎながら笑顔で話し掛けてくれる人、「ハロー」しか英語をしゃべれないのに何とかコミュニケーションをとろうと握手を求めてくる子ども達、子どもを抱えながら「マニー、マニー」と苦しい顔で必死に訴える若い母親、車の窓にへばりついてまで物を売ろうとする男の人、昼間から歩道の真ん中で寝ている人、数人の大きな大人に囲まれながらレモンのドリンクを売っている小さな少年、雨にぬれ、薄着で震えながらも笑顔で話し掛けてくれる少年。彼ら一人一人の背後にインドの社会問題が見え隠れしているのに、それに負けないで必死に生きている。
連邦人権委員会を訪れたとき、正直に言って実感が湧かなかった。国外向けにいい顔だけを見せているのではないか、結局働いているのはお金持ちやエリートで、本当に被害を受けている人々の気持ちをわかっているのかという疑問がつきまとった。それでも、インドに来たのは紙の上だけの勉強に終わらせたくなかったからであり、もっと被害者の視点で学びたいという気持ちがあった。人権侵害の状況や被害者の話を聞いても、日本で本を読んで知ったときの印象と変わらないということにはしたくはなかった。
27日に訪問したナリ・ラクシャ・サミティ(NRS)で出会った子ども達は、私の憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれた。日本人が珍しいのか、必死にコミュニケーションをとろうとする姿がかわいらしくて、車酔いのしんどさもふっとんでしまった。彼女達は日本の子ども達と何も変わらなかった。本やインドの訪問先で女性の社会的状況を知っていただけに、彼女達の笑顔が印象に残った。
アーメダバードにある女性自営者協会(SEWA)で出会った女性達もとても元気だった。「SEWAに来る前までは夫なしでは1人で道も歩けなかった」と言っていたが、それが信じられないほど明るかった。自分の夢をはっきりもっていて、生き生きしていた。
本や講義の中のイメージとは違う、普通の世界が私の前に広がっていた。むしろ、私が生活している世界よりもより人間らしい世界であった。被害者の気持ちというより、自分の置かれた環境に負けないように必死で生きているというエネルギーを感じた。もちろん、出会った人々の陰の部分も感じることができた。売春宿の女性達も、ティハール刑務所にいた女性達も、抱えているものは違っても同じ女性だ。基本的には「私達と何ら変わらない」ということに気付いたことで、インドの人権侵害や社会状況を身近に感じ、より一層彼女達が抱えるものについて考えることができるようになったと思う。
また、訪問先の活動を知ってインドの将来に期待がもてた。特に都市計画パートナーシップ(UPP)のような地域レベルの団体が今後もっと活躍していってほしいと思った。UPPの開発されたスラムを訪れたとき、子ども達の絵のコンクールを開いたり、生活上の知識を手書きのポスターで知らせたりと、地域のつながりを大事にして協力し合うことが社会状況の改善の第一歩だと再認識したからだ。意識向上プログラムでは、子どもに水の絵を描かせることで伝染病について教えたり、ポリオのことを子どもに教え,その子どもが下の子どもに伝えられるようにしたりと、多くの工夫がなされていた。子ども達が成長して、さらに多くの人に開発スラムで学んだことを伝えていってほしい。まだまだ多くの問題点が残されていると感じたが、地道な前進を続けていくことによってより多くの人々が救済されていくと信じている。
今回のツアーは私にとって印象深いものであった。被害者レベルで女性の人権を学ぶには期間が短すぎたが、それでも多くのものを得られたと思う。これからもインドで見てきたことを忘れずに、勉強していきたい。