筆者はスペイン国際協力開発庁(Agencia Española de Cooperación Internacional para Desarrollo: AECID)による、東ティモールの国内人権機関である「人権及び正義のためのオンブズマン事務所(Provedoria dos Dereitos Humanos e Justiça:以下、オンブズマン事務所)」の機能強化の援助プロジェクトの一環として、2010年4月より10月までの予定で経済社会文化権に関する国際コンサルタントとして当地に派遣されている。東ティモールは、現在のところコソボに次いで若い国、そして、独立に際しては当時のあらゆる国際人権規則を受け入れて「しまった」国であり、2002年の憲法に明記された国内人権機関の設立もその一つといえる。「しまった」というのは、受け入れたが大変、関連する制度が未整備、そして人材がいないという中でさて何をやるか、何ができるかという手探りの状況に陥っているのである。
議論は続くがなかなか人権機関の「じ」の字さえ実現できない日本とは逆だが、できてしまってから機能させることも非常に大変である。人権のすべてを担う、人権部には11名のスタッフしかおらず、それに加えて筆者と、東ティモール人の国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)から派遣されたスタッフがいるのみ。筆者を除いた経済社会文化権担当者は1名しかいない。加えて国連開発計画(UNDP)/人権高等弁務官事務所(OHCHR)の事務所がオンブズマン事務所の中に居を構えていて、人権部のスタッフを中心に、主に市民的政治的権利に関連する分野のトレーニングを行っているが、トレーニングの内容は面接の仕方、分析の仕方…といった、日本であればすでに学んでいることを前提に採用、あるいはOJT(On-the-Job Training)で済ませてしまうことばかりで、それに伴うマニュアルが国連東ティモール統合ミッションやUNDPか ら現地優位語であり公用語でもあるテトゥン語、および同じく公用語のポルトガル語で出版されている。しかし、逆にトレーニングに割く時間や、こうしたマ ニュアルを読む時間が、彼らの機能をマヒさせてしまっているのではないかと思うほど、人権侵害の通報を受けての対応・・・といった緊迫感はまるでない。通 報は一応あるようだが。
オンブズマン事務所のスタッフとともに(左から二人目が筆者)
東ティモールの独立時に制定された憲法には、(人権侵害を含む)市民からの当局に対する不満を精査し、これにこたえるためのオンブズマンを指名することが 明記された。オンブズマンは国会により指名され、当局がしっかりと法律に従った仕事をしているか独立して精査した上で、市民からの不満に関して関係機関に 勧告する。また、政府機関やそのほか市民から人権に関してのアドバイザーとしての役割も果たしている。国会から指名を受けるオンブズマンは1名だけで、そのほかに分野ごとに副オンブズマンがいる。オンブズマン事務所が扱っている業務は人権だけにとどまらない。通常、いわゆる国内人権委員会に期待される機能は上記のわずか10数名の人権部のスタッフだけで行われており、他にグッドガバナンス(良い統治)の確立がある。ということで、現在は副オンブズマンが2名、そしてその下にそれぞれ人権部とグッドガバナンス部が設けられている。ちなみにグッドガバナンス部も9名ほどしかいない。市民からの不満が政府のガバナンスの問題である場合には、グッドガバナンス部がこれに対応する。
2009年 までは汚職の防止もオンブズマン事務所の業務であったが、汚職防止委員会として当機関から独立しており、スタッフもいつ組織改編があっても問題がないよ う、人権部の職員にグッドガバナンスの啓発がされたり、グッドガバナンス部の職員を招いて人権分析の講義を行ったりということもある。スペインは東ティ モールにとって豪州、日本、中国、米国に次ぐ援助国(ポルトガル語教育に関連したポルトガル・ブラジルの援助を除く)であるが、スペインの当国における大 きな関心は農村開発とグッドガバナンスであり、オンブズマン事務所に関してもこれまでグッドガバナンス部の支援をしてきた。UNDP/OHCHRが東ティモールに対しては経済社会文化権を取り扱っていないということもあり、このかけた部分をカバーする目的で、筆者が「スペインチーム」としては唯一、6ヶ月間、経済社会文化権に関するトレーニングおよび啓発活動を担う特別スタッフとして、人権部に送り込まれたわけである。
国内人権機関の担保には、パリ原則に従った独立性を保つことが大原則である。経済社会文化権に関してはこれまで国連東ティモール統合ミッションがオンブズ マン事務所の活動に関し助言を行ってきており、オンブズマン事務所としての「プライオリティ」が作られているものの、これは国連東ティモール統合ミッショ ンが政府及びさまざまな機関が集って決められた国家の開発プライオリティに従って決定できるようにサポートしていった結果であり、オンブズマン事務所に重 要な独立性という点において重大な疑問を呈しかねない。特に、当国は13もの地域言語あるうえ、ポルトガル語・インドネシア語という二つの宗主国の言語、そして開発従事者が使う英語と、言語文化が人口100万人を下回る人々の間で複雑に絡み合っている状況にある。そのような中、マイノリティや言語、文化の問題が経済社会文化権においてプライオリティに上がっていないということは、オンブズマン事務所の状況把握能力に重大な欠陥があるのではと疑ってしまう。UNDPか らはオンブズマン事務所の定めたプライオリティに従って仕事を進めるようアドバイスをもらっているものの、これでは国連東ティモール統合ミッションの助言 に従って出来たものをスペイン政府派遣の筆者も従うことになり、結果的に二つの機関がほぼ同様のことをすると言った二重の仕事を強いられてしまう。さらに スペインとして駐インドネシア(東ティモール兼任)スペイン大使、およびスペイン出身の国連女性差別撤廃委員会委員が東ティモールにおける、特に家庭内暴 力、とりわけ農村における女性の状況を非常に危惧しているということもあり、AECIDとしてはもう少し東ティモールに求められている内容における経済社会文化権に関するトレーニングやサポートをできないか模索をしているところである。
他機関との調整に加え、オンブズマン事務所のほかのスタッフとのスケジュール調整も至難の業である。聞くと、すでにあれこれとモニタリングのプランを立てていて2週に1回 地方行脚をするとのことだが、実際にその日になってみるとオフィスでゆっくりしているということもよくある。聞くと、予算のあるなしによって急にことが進 んだり、ストップしたりの繰り返しだとのこと。実際に、筆者が当地に到着した当初は急にプロジェクトが動いたのか、人権部の部屋には一週間誰一人としてい なかった。特に地方における経済社会文化的な権利の進捗が危惧される当国において、予算に応じた気まぐれなモニタリングになってよいものか、危惧するとこ ろである。さらに、数年前、大統領令として全公務員に対し金曜日の午前中には街頭で清掃活動をするようにとの通達が出て、それ以降、金曜日はあまり多くの 業務に割けなくなっている。というよりも、現実には、清掃業務が、シャワーを浴びたいという要求に早変わりし、ついでにエアロビや卓球といったアクティビ ティが加わり、その後は疲れたといって、午後は出勤しないという事態にどの官庁も陥っている。
業務自体が当国の受容能力の関係で大幅に限られている中、経済社会文化権に関する活動のノウハウを6か 月で教えるのは非常につらいところではあるが、当国に縁もかけらもない国際スタッフとして、「独立した国内人権機関だからこそ」やらなければいけないこと を外からの目でもう一度検証し、オンブズマン事務所がやるべきことを徹底していくために、筆者が配属されたのだと思う。当国当局の能力構築に関しては、あ らゆるドナーが非常に苦労をしているなか、少しでも効果的にノウハウ伝授ができないか、模索をしているところである。